アオサギを議論するページ

鳴き真似するサギたち

《注意》この記事はエイプリルフール用に嘘八百を並べたものです。当日、真に受けて読んでいただいた方々に心より感謝申し上げます。

今年もアオサギの子育ての季節がやって来ました。ここ北海道は渡りの真っ最中。早く到着したサギたちの中にはすでに卵を抱いているところもあるようです。ところで、この時期に子育てを始めるのはアオサギばかりではありません。当サイトで何度か紹介したことのあるニューヨークのオオアオサギも少し前から雄が巣に出入りしはじめています。その様子についてはコーネル大学のライブ映像プロジェクトが詳しく伝えていますので興味のある方は御覧になって下さい。営巣状況はコーネル大学のツイッターでも随時報告されています。ただし、ライブ映像のほうはまだ空っぽの巣しか映っていないかもしれません。

DSCN0223さて、つい数日前のことですが、このプロジェクトメンバーの一人からアオサギの声について教えてほしいとのメールを受け取りました。具体的には、アオサギが他の鳥や動物の鳴き声を真似ることがあるかという質問です。彼によると、ライブ映像のデータを整理していたところ、オオアオサギがナキハクチョウやカナダガンの鳴き真似をしているところが録音されていたというのです。じつは、このことは先に紹介した大学のツイッターのほうでは1週間ほど前から話題になっていました。オオアオサギでそうなら近縁のアオサギでも同様の事例があるのではというので私に質問が回ってきたわけです。

これは本当にわくわくする話です。というのも、当サイトの「アオサギの声」のページで紹介しているように、アオサギでもニワトリやブタの声を真似たかと思われるような鳴き声を確認しているからです。以下に上記ページからその2種類の声のみ抜粋して載せておきます。

【ニワトリのような声】 【ブタのような声】

これらの声は営巣中のアオサギのものですが、このコロニーの周辺には数軒の養豚場があり、ブタはもちろん、ニワトリの声もしょっちゅう聞こえてくるようなところなのです。一方、ニューヨークのオオアオサギのほうは、ライブ映像にあるように巣の真下は広い池で、雪解けからしばらくの間はハクチョウやガンの声でずいぶん賑やかになります。つまり、暮らしている環境で普段耳にする声を真似ているということですね。サギの声といっても、例のギャーとかグワッとかいった声ばかりではないのです。アオサギを悪声と非難する人たちもこれで少しは考えを改めるのではないでしょうか。

そもそも、アオサギ、オオアオサギをはじめとしたアオサギ属の鳥は、学習能力の点ではカラス類に匹敵するかもしくはそれ以上だと主張する研究者もいるくらいですから、このぐらいのことは出来て当たり前なのかもしれません。アオサギの場合、声帯の制約があって発声できないだけで、もしオウムのように自由に声を操ることができるのなら、彼らも案外、人の言葉をしゃべれるのかもしれません。

まあ、そこまでは無いとしても、アオサギ属が鳥獣の声を模倣する習性をもつのはまず間違いないと思います。じつはアオサギのボーカルコミュニケーションについては私も以前から興味をもって調べており、文献調査でそうした習性をもつサギが少なくとも1種、過去に存在した形跡を確認しています。このサギは中国東北部から朝鮮半島にかけて生息した Ardea grandis という名のサギで、その学名のとおりかなり大型だったようです。ただ、たいへん残念なことに9世紀前後に絶滅し、現在は標本も残っておらず、古い文献の中にその面影を残すのみとなっています。大きさについては唐代に編纂された『新修本草』にタンチョウと同大かやや大と書かれていますから、現存する最大のサギ類であるオニアオサギ(全長150センチ)と同じくらいのサイズだったのでしょう。このサギ、その大きさもさることながら、やはり何と言っても特徴は他の鳥の鳴き真似ができたこと。先の本草書では、中でもタンチョウの鳴き真似がもっとも似ていると評されています。

タンチョウの鳴き真似については、当時、大陸に渡った日本人も見聞しています。以下の歌は『万葉集』巻十七に載せられているもので、小野朝臣宇曽麻呂という人が新羅に遣わされた折に詠んだとされています。

新羅野の樺の古枝にたづ待つと居りしおほさぎまねび鳴くかも

「たづ」というのは古語で鶴の意、「おほさぎ」というのが上記 Ardea grandis のことです。『新修本草』ではこのサギを「巨鷺」と呼んでいますから、「おほさぎ」は「巨鷺」をそのまま訓読みしたものと思われます。ツルほどもある大きなサギが樹上にとまっている光景は信じがたいものですが、そこでタンチョウの鳴き真似をしているというのはユーモアを通り越してどこかもの悲しくもありますね。もっとも、そうした哀感はこの巨大でちょっとユーモラスなサギがすでにこの世に存在しないことと無縁ではないかもしれません。

ところで、このサギの生息域は上述したように大陸であって日本に飛来することはほとんどなかったようです。ただ、迷鳥として飛来することがどうやらごく稀にはあったようですね。『摂津国風土記』に以下の一文があります。

郡(こほり)の北に山あり。法羅(ほら)の天皇(すめらみこ)、此の山にみ狩したまひし時、大きなる鷺、み前にいで立ち、雜(くさぐさ)の鳥、獣の聲をまねびき。天皇(すめらみこ)、ここに大(いた)く恠異(あや)しと懐(おも)ひて、放免(ゆる)して斬らざりき。故(かれ)、巨鷺(おほさき)山といふ。

説明するまでもなく書かれたとおりの意味です。こんな鳥が目の前に現れたら天皇でなくても怪しいと思うでしょう。普段、サギと言えばシラサギかアオサギかというところに、見たこともないツルほどもあるサギが現れて、しかもいきなりさまざまな鳥や動物の声で鳴き始めるのですから驚かないほうが不思議です。アオサギは後の世で妖怪扱いされたりもしましたが、その元凶はもしかしたらこのへんにあるのかもしれません。なお、巨鷺山というのは現在の六甲山のあたりとされています。ついでに言えば、この巨鷺(おほさき)が大阪の名の由来となったとする説もあるようです。

思いがけず話があちこちに飛んでしまいました。結局のところ、ニューヨークのオオアオサギがハクチョウやガンの鳴き真似をするのは、こんな背景を知っていると大騒ぎするほどのことではないとも言えます。ただ、そうは言っても、ギャッとかゴワッとかいう声だけでなく鳴き真似の声もぜひ聞いてみたいですよね。その辺はサービス精神旺盛なコーネル大学のこと、きちんとネット上で視聴できるようになっています。このページ、昨日まではナキハクチョウとカナダガン、それに私が提供したニワトリとブタの4種類の声だけだったのですが、いま見てみると、オランダの動物園で飼育されているアオサギの声が追加されていました。このアオサギ、どうやら百獣の王になったつもりのようです。これはまたそうとうなインパクト! 必見です。 ⇒ 「Funny Voices of Herons

春告鳥

3月も末になり、人も物もダイナミックに変わっていく時ですね。みなさんいかがお過ごしでしょうか? 3月といえばアオサギにとっては渡りの季節。北海道にも南からどんどん渡って来ているようです。こちらではアオサギのことを春告鳥として初飛来を楽しみにしている人がけっこういます。彼らの群れがひと群れふた群れと到着するにつれ、春が着実に歩を進めていくのです。

DSCN0004そんなふうに季節の変化を感じさせてくれるサギたちの渡りですが、今年は少々遅れ気味でした。札幌の隣、江別のコロニーに今年の初飛来があったのは3月16日。遅いなと思って過去の記録を調べてみると、ここ9年ではもっとも遅い時期の初飛来でした。早い年だと3月5、6日に到着していますから、それに比べると10日ばかり遅れたことになります。

右の写真の3羽はずっとこちらで冬を越してきたサギたちです。この時点ではまだ南からの渡りはありませんが、彼らにはそれがもうじきだということはよく分かっていたのでしょう。見ていると、1羽が首を反らしてずっと空を眺めていました。まるで南からやってくる仲間の気配を感じたかのように。それが15日、渡り1日前のことでした。

DSCN0075そんなふうに例年より多少遅れはしましたが、南の連中も忘れることなく律儀に戻ってきてくれました。そして、遅れを取り戻さなければという焦りがあったのでしょうか、渡って来た後は早かったですね。いつもはねぐらに留まったり、コロニーに入ってもまたすぐにねぐらに戻ったりとなかなか落ち着かないのですが、今年はその期間がごく短かったように思います。ともかく、渡りは遅れぎみだったものの、飛来後は比較的穏やかな日が続いていることもあり、例年並みかそれ以上に順調に営巣活動を行っているようです。

DSCN0006昨日の時点で戻ってきたアオサギは全体の3分の1強。コロニー周辺はまだ1メートル以上の積雪ですが、古巣は日ごとにサギたちで埋まりつつあります。この時期に飛来するアオサギは皆、完璧にきれいな成鳥たちです。婚姻色に染まりただでさえ艶やかなのに、雪を背景にするとその美しさがいっそう引き立ちます。

アオサギの渡りは今がおそらくピーク。この先、4月半ばまでまだしばらく渡りは続きます。後半には今年から繁殖をはじめる若いサギたちも混じってくるはずです。寒さが緩んで程よい南風の吹く早朝、空を見上げれば、やや崩れたV字でふわふわと北を目指す一群が見られるかもしれません。

個体識別で分かること

二月も半ばになり、気温はまだまだ低いものの、晴れるたびに日差しの強さを身に沁みて感じるようになりました。こうなると冬ももう長くないですね。北海道あたりだとアオサギたちがコロニーに入りはじめるのはまだひと月近く先になりますが、本州以南ではすでにシーズンインしているところもあるようです。ただ、先日来の大雪でまた一からやり直しというところも多いかもしれませんね。

ところで、営巣は早く始めればそれだけ早く終わるというわけではありません。つがい単位で見ればどの地域でも営巣期間にそれほど違いはありませんが、コロニー全体で見るとその長さは地域によってずいぶん異なります。たとえば北海道の平地だと3月下旬に始まって7月いっぱいでほぼ終わってしまいます。4ヶ月ちょっとです。ところが、東京あたりだと1月に始まって9月に入ってなお残っていることもあるようなのです。そこまで長いとアオサギもご苦労なことですが、アオサギを観察している研究者も大変です。

今回はそんな長丁場の観察が必要な東京のコロニーで90年代半ばからずっとアオサギの観察を続けている白井さんの研究を紹介したいと思います。白井さんは「アオサギネット」を管理されている方なので、当サイトに来られる方ならそちらのほうですでにご存知かもしれませんね。今回ご紹介するのは山科鳥学誌に以下のタイトルで掲載されている論文です。

Shirai, T. (2013) Breeding Colony Fidelity and Long-term Reproductive History of Individually Marked Wild Grey Herons. 山科鳥学誌(J. Yamashina Inst. Ornithol.). 44: 79-91.

論文では、アオサギのコロニーに対するフィデリティ(忠誠度。要はあちこちのコロニーを転々とするのか、あるいはひとつのコロニーに執着するのかということ)と、個々のアオサギの繁殖の歴史(個々のアオサギの営巣活動が年々どのように変化していくかということ)が明らかにされています。この研究が魅力的なのはタイトルに書かれているIndividually Markedという部分。アオサギ1羽1羽が個体識別されているのです。ご想像どおりアオサギはそうやすやすと捕まえられる鳥ではありませんから、個体を区別して研究した報告はそう多くありません。とくに国内ではほぼ皆無といっていいでしょう。

この点、白井さんの場合はコロニーの立地環境が動物園だったことがアオサギの捕獲に好都合だったようです。なんでもタンチョウやコウノトリなどが飼われている池のほとりに6.5×4×2メートルのケージをつくり、そこに入ってきたアオサギを捕まえたのだとか。普通はそんなものをつくっても決して入ってこないでしょうけど、普段からペンギンと一緒に餌を食べているような特殊な環境のサギたちですから、ケージのような人工物にもあまり抵抗がなかったのでしょう。ともあれ、そんなことで成鳥19羽と幼鳥50羽に脚輪が付けられています。成鳥の捕獲数にくらべ幼鳥の捕獲数が圧倒的に多いのは幼鳥の警戒心が薄いせいかと思われます。これは予想どおりですね。なお、コロニーは毎年200つがい前後が営巣しているようなので、これだけ標識しても個体識別されているのはごく一部ということになります。

(追記:成鳥の捕獲数が少なかったのは、同じアオサギが何度もやって来て他のアオサギに入る余地を与えなかったためだと白井さん本人から連絡がありました。そのアオサギにとっては捕まる危険を冒してまで来る価値のある魅力的な餌場だったのでしょうね。)

さて、研究の内容です。まずアオサギは毎年同じコロニーに戻ってくるのかという疑問。これは気になっていた方も多いのではないでしょうか。とくにそれほど離れてないところにいくつもコロニーがあるような環境ではとりたててひとつのコロニーに固執する必要もなさそうに思えます。鳥の場合、別のコロニーに移ろうという意思さえあれば、それを制限する社会的制約も何も無いですからね。荷物も無いですし。さて、実際はどうなのでしょうか?

コロニーへのフィデリティ右の図は論文にあったものをかなり簡略化したもので、脚輪を付けたアオサギがコロニーに戻ってきたかどうか、また営巣したかどうかについて毎年の状況を示したものです。左側が幼鳥、右側が成鳥です。標識した翌年以降の状況を個々のアオサギごとに横一列のブロックで示しています。これを見ると幼鳥と成鳥の違いは明らかですね。幼鳥は50羽のうち12羽しか戻ってきていません。もちろん戻りたくても戻れない事情(途中で死亡など)もあるかと思いますが、幼鳥の場合は敢えて他のコロニーに移動する場合もあるように思います。

それにしても、50羽のうち2年後に繁殖を開始(通常、アオサギの繁殖は2年目から)したのがたった4羽というのは予想外の少なさでした。巣立ちまで生き延びれないヒナも多いですし、巣立ちに成功してもこんな状況です。アオサギにとって繁殖まで漕ぎ着けるというのは相当ハードなサバイバルなんだなとつくづく思います。

一方、成鳥のほうは幼鳥にくらべるとずいぶん安定しているように見えますね。標識した19羽のうち戻って来なかったのは1羽だけです。まあ、前年の子育てが上手くいっていれば次の年に敢えて見ず知らずの環境に飛び出していく理由も無いわけですからこれは理に適った行動といえるでしょう。いずれにしても、繁殖が上手くいっている成鳥はかなり長い期間、同じコロニーに腰を落ち着けると言えそうです。

さて、そんなふうにコロニーに対する忠誠度の高いアオサギですが、つがい相手に対してはどうでしょうか? これはひとつ目の疑問よりさらに気になるところですね。一般に、アオサギは繁殖期が終わればつがいはばらばらになり、翌春までは基本的に単独で暮らすとされています。そして、春になるとどのアオサギも求愛ディスプレイでつがい相手を見つけるわけです。なので、一見、毎年新たにつがいがつくり直されているように思われるのですが…。さて、実際はどうなのでしょう?

つがいのフィデリティ右の図はこれも相当簡略化したものですが、つがいがどのように変わるかあるいは変わらないかを示しています。ここでは4つのペアに登場していただきました。青が雄、赤が雌で、?で表示しているのはペア以外のアオサギです。これを見て分かるとおり、基本的につがいというのは相手がいなくなるまで変わらないようです。たとえば、一番上や二番目のペアはそれぞれ相手がいなくなったので他の相手を選らんだように見えます。これは一番下のペアの3年目の状況も同じですね。

しかし、ことはそう単純ではありません。下ふたつのペアは去年までのつがい相手が同じコロニーにいるにもかかわらず他のアオサギとつがいになっています。かと思うと、その翌年はまたそれまでの相手と一緒になっています。これはどういうことなのでしょう?

これは私の勝手な想像ですが、もし初めからそれまでのつがい相手がいることを知っていればこのようにはならないのではないかと思います。アオサギの場合、コロニーに飛来するのはけっこうな時間差がありますから、早くから来ていた雄がなかなか来ない雌に痺れを切らして(つまり、もう死んだものと思って)別の雌を娶る。遅れてきた雌は、昨年までつがい相手だった雄が他の雌と一緒になっているので仕方なく他の雄を探す。と、この通りではないかもしれませんが、これに類することはけっこうあり得ると思うのです。ともかく、そうしたハプニングはあるものの、何事も無ければつがいの絆はそう簡単に変化するものではないと言えそうですね。

なお、最後のペアのブロックの幅が狭くなっているのには理由があります。このペア、じつは1年に2度ずつ営巣しているのです。こんなことが普通にあるとはびっくりですね。白井さんは別の年に別のつがいでも同様の状況を確認していますから、このペアだけが例外というわけではなさそうです。あちらの繁殖期間は1月から9月ですから時間的には可能なのでしょう。とはいえ、単純に2年でやることを1年でやっているわけで、しかもそれを何年も続けるのですからまあ大したものです。

ところで、この研究では同じつがいが毎年同じ巣を使う傾向があることも示されています。これも皆さん疑問をもたれていた点ではないでしょうか。去年と同じ巣が使われていたら去年と同じペアの可能性がかなり高いということですね。

今回は私がとくに興味を持った部分だけ抜き出してご紹介しましたが、白井さんの論文にはこの他にも貴重な知見が数多く報告されています。それらは学術的に価値があることももちろんですが、それだけではないように私は思います。私にとってこの研究の最大の魅力はアオサギ一羽一羽が個体識別されているという点です。個々のアオサギが区別されているということは個々のアオサギのドラマが見えてくるということです。その結果、アオサギを種としてではなく個として捉えられるようになれば、アオサギと人との関係も自ずからもっと親密なものに変わっていくはずです。白井さんの研究はそういった点でも大きな意味をもつものと私には思えます。ともかく、興味をもたれた方はぜひ原文に当たってみてください。

謹賀新年

2014明けましておめでとうございます。
今回の賀状はヒナたちのファニーフェイスでまとめてみました。ほんの少し見る角度が違ったり頭の羽毛が逆立ったりするだけでずいぶん雰囲気が変わりますね。

ところで、顔ばかりに気をとられていると大事なものを見逃してしまいます。真ん中の漢字、こんな字はありません。一見、鷺(サギ)のようですけど鷺であれば路の下は鳥ですから。じつは鳥の字形が今年の干支の馬と似ていたので入れ替えてみたのです。しかし、これだとまるでロバですね。もしかして本当にこんな字があるのではと心配になって調べてみたところ、さすがにこれはありませんでした。ひと安心。

そんなことで、本年もどうぞよろしくお願いします。

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