アオサギを議論するページ

保護・保全・共生

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2013/06/13(Thu) 22:21      エゾミユビゲラ      幌加内のコロニーについて

近所の田植えの手伝いを頼まれて、5月26日より6月1日まで田植え機に乗っておりましたが、そこから10羽ほどのアオサギが盛んに巣材を運ぶ姿が見られました。

長年遠くまで観察に通っておりましたが、何と家の隣の林です。巣作りにしては少々遅いとは思いました。

ひょっとしてと言う予感が走り2006年より営巣していた上幌加内のコロニーを見に行きました。5月始めには営巣している姿が見られたのですが、6月2日に行って見ると全く姿が見えません。何らかの原因で、コロニーを放棄したようです。

おそらくそのアオサギが雨煙内の林に新しくコロニーを作ろうとしているのだと思われました。田畑の真ん中で、水辺からは少々離れていますが、アオサギの飛翔力から言えば問題無いのかなとも思われます。

ともあれ、隣の林でアオサギのコロニーが見られるようになるなんて、こんな嬉しいことはないと期待は高まりましたが、2~3日後には全く姿が見られなくなりました。例年家の前の田んぼに数羽は見られたアオサギもあまり見かけなくなりました。新しい移転先は今のところ見つかりません。

アオサギのコロニーは危うく儚い所が多いですね。


2013/06/14(Fri) 06:52      まつ@管理人      Re: 幌加内のコロニーについて

コロニーが放棄されたとのこと、残念です。何があったのでしょう? シーズン途中での放棄というのは何か特別な事情があったとしか思われません。これについては私もちょっと調べてみたいと思います。調べて何か分かったらまた書きますね。


2013/06/15(Sat) 14:17      エゾミユビゲラ      Re: 幌加内のコロニーについて

河川改修工事のため、コロニーの真近かまで林が伐採されておりました。現場まで、畑の中をかなり迂回して裏から入っており、気がつきませんでした。鉄板の敷き詰められた道ができており、かなり重機が作業したようです。

これがコロニーを放棄させた原因とみて間違い無いでしょう。日本での最寒地でのコロニーの喪失は誠に残念です。工事の日程等を確かめたく思いましたが、本日土曜日につき後日にいたします。

このコロニーより通っていたと思われる添牛内や幌加内付近の河川、田んぼ等に見られたアオサギの姿は全く見られなくなりました。カナダだったら裁判沙汰でしょうね。


2013/06/15(Sat) 21:35      まつ@管理人      Re: 幌加内のコロニーについて

恐れていたことが起こったようですね。シーズン途中にコロニーが放棄されるなど尋常なことではありませんから、強力な捕食者が現れたのか、さもなくば人間の仕業と考えるほか無かったのですが…。これは最悪の事態だと思います。

1824じつは、昨日の朝、エゾミユビゲラさんの投稿を読んだ後、やはりこれはどうしてもチェックしたおかなければと思い、旭川に用があったついでに私も幌加内の現地を確認してきました。行ってすべてが分かりました。エゾミユビゲラさんの推測されるとおり、コロニー直近での伐採作業が放棄の原因で間違いないと思います。私が行ったときは工事は行われておらず、平日だというのに工事関係の車両すら見かけませんでした。ただ、コロニーのすぐ横の橋に工事標識が立てられており、それによると現在も工事中ではあるようです。河岸保護工事ということで工期が今年の3月2日から12月4日となっていました。

1825写真はその工事標識が立てられているところからコロニーを撮ったものですが、今はアオサギの気配すら無いただの河畔林になっています。問題はこの写真の左端に見える伐採後。写真では小さくしか見えませんが、実際はかなり大規模に伐採しています。これを確認するため、道路から樹林に入って伐採跡まで歩いてきました。コロニー自体は思っていたとおり20巣にも満たない比較的小さなコロニーでした。道路からは50mも無いと思います。そこからさらに下流に3、40m行ったところが伐採跡でした。これだけ近いところで作業されたら影響があるどころではありません。親鳥もヒナもパニックに陥っていたはずです。その伐採跡からはエゾミユビゲラさんが確認されたところの重機用に敷かれた鉄板が樹林の外に向かって伸びていました。それを大雑把に描いたのが右の見取り図です。かなり不正確ですが、写真と併せておおよその状況はイメージしていただけるかと思います。

エゾミユビゲラさんが5月初めに営巣を確認しているわけですから、それ以降に伐採が入ったと考えると、ほとんどの巣ではすでにヒナが生まれていたことと思います。今回、仮に15巣で3羽ずつヒナがいたとして全体で45羽。そのヒナたちは1羽も生き延びることができなかったはずです。今回は営巣木そのものは伐採を免れていますが、コロニーの近くで作業すれば結果は同じでしょう。作業に驚いた親鳥が巣を放棄すれば、ヒナは自力で生きていく術はありません。餓えて死ぬか、その前にカラスに襲われるかのどちらかです。この世に生を受けてまだひと月も経っていなかったヒナたちに対し、こんな残虐な仕打ちが許されるわけがありません。

これはもう想像するほかありませんが、いくらなんでもそこにアオサギのコロニーがあるのを分かっていて作業したとは思えません。おそらく、コロニーの規模が小さくて親鳥が騒いでも気づかなかったのでしょう。しかし、だからといってこのような乱暴な行為が許されていい理由にはなりません。コロニーは国道の橋からほんの4、50mのところにあるわけで、春先の葉の茂らないうちに確認すればそこにコロニーがあるのは誰の目にも明らかです。コロニーがあると分かれば、工事の時期を繁殖期からずらすとか、アオサギと人との間で妥協点を見つける術もあるのです。今回の工事は3月からはじめているわけですし、そのぐらいの確認作業はしていると思うのですが、それさえやらなかったのでしょうか。だとすれば、野生鳥獣の命をことのほか軽視しているとみなさざるを得ません。野生動物の保護というのは、第一に生きものの命を尊重することだと私は考えます。その基本に立って、人と野生動物の利害の間に妥協点を見いださなければならないのだと。しかし、どうやら今回のことは設定された妥協点が適切なものかどうかを云々する以前の問題、生きものに対する基本的な姿勢に問題があるようです。情けない限りです。

ともかく、これは具体的にどのようなことが起こったのかきちんと確認する必要がありますし、私のほうからも役所に説明を求めてみたいと思います。なお、工事標識によると当工事の施工主体は滝川河川事務所になっているようです。エゾミユビゲラさんのほうでも何か新たなことが分かりましたらぜひまたご一報ください。


2013/06/17(Mon) 17:21      奥田      Re: 幌加内のコロニーについて

幌加内のコロニーは、対岸の道路向かいのトドマツ林に移った様でしたが・・・今回は確認してません。


2013/06/18(Tue) 09:34      エゾミユビゲラ      Re: 幌加内のコロニーについて

昨日(6月17日)幌加内役場建設課へ行って来ました。
工事の行われた日程について教えてほしいと言う事に対して、今朝メールで回答がありました。以下がその内容です。

「昨日(6/17)、午後より建設課長・課長補佐・管理係長・産業課
係長(鳥獣保護担当)で現地を確認するとともに、滝川河川事務所に作業スケジュールを確認しました。
5月下旬に旧中島宅から雨竜川方向に向けて鋼板を敷き、6月3日に河川付近の
立木を伐採したとのことでありました。
また、新たな情報が確認できしだいお知らせいたします。」

と言うのがその内容です。
この日程からすると、6月3日には既にコロニーを放棄していたので、伐採以前の作業で放棄したものと思われます。
鉄板敷き、あるいは伐採に先立って行われたであろう下草刈り等の作業ではないかと想像されます。
 
奥田さんの観察されたトドマツの林というのを探してみましたが、アオサギは確認できませんでした。


2013/06/19(Wed) 06:12      まつ@管理人      Re: 幌加内のコロニーについて

作業の日にちによってどの作業が放棄の直接の原因になったのかが変わってくるわけですね。これについては私のほうでも河川事務所に直接尋ねてみたいと思います。いずれにしてもあの近さではアオサギが安心して営巣できるわけはないですし、どの作業が直接の原因になったにせよ、工事がアオサギを追い出したことは間違いないと思います。事務所から回答が得られればまたお知らせします。

2012/01/29(Sun) 18:05      まつ@管理人      N.Y.の事件と千葉の事件

去年の夏、ニューヨークのとある川のほとりで、男二人がオオアオサギに石をぶつけたという事件がありました。銃で撃たれたとかではなく、石をぶつけられたのですから、よほど近くにいたのでしょう。サギたちが人を怖れなくなるのは本来は良いことなのでしょうけど、こういう碌でもない馬鹿がいるうちは、サギと人との距離が縮まることを素直には喜べませんね。被害に遭ったオオアオサギは、すぐリハビリセンターに連れて行かれたそうですが、羽も脚もずたずたの状態で手の施しようもなく、止むなく安楽死させられたということです。石を投げた当人は、事の始終を周囲にいた人々に目撃されており、ただちに通報、二人とも逮捕されています。なお、この事件は、投げた石がたまたまサギに当たったというようなものではなく、二人の男が相当な数の石を投げています。以下に当時の新聞記事を載せておきますので、詳しくお知りになりたい方は御覧になってください。5つのリンクのうち、3つは新聞社、残り2つはテレビ局とラジオ局で放送されたものです。ともかく、当時はけっこうな騒ぎだったのです。

110811 Killing of great blue heron sparks outrage, raises questions
110813 Irreparable damage – Blue heron beyond treatment after men hit it with a rock
110819 Men accused of torturing great blue heron in Jay
110820 Alleged killers of heron could face higher charges
110822 Essex County men injure blue heron

そして、つい先日、この二人の被告に判決が下されました。罰金、502ドル50セント。ひとつの命をこんな残虐非道なやり方で奪っておいて、4万円弱の金額で罪が償われるとはあまりにも馬鹿げています。記事につけられた読者からのコメントにも、もっと厳罰にすべきだという声が多くありました。もっとも、ニューヨークの州法では、この罪に対しては悲しいことにこの額が上限なんですね。6ヶ月以下の禁固刑があるものの、どうもそちらのほうも適用されなかったみたいです。なお、犯人のもう一人はこれまでにも相当の悪事を働いてきたようで、犯行当時も執行猶予期間中であり、即、刑務所送りとなりました。以下は判決についての記事です。

120113 Adirondack men sentenced for great blue heron attack on Ausable River
120113 NY men sentenced for stoning Blue Heron
120113 Men sentenced for hitting heron with rock

ついでなので、サギ類を巡る法律とその罰則について少し触れてみたいと思います。まずは、この事件のあったアメリカの事情から。今回の事件はニューヨーク州の州法に則って裁かれたと上に書きました。ただ、記事を読むと、州法でなく連邦法で裁かれる可能性も多少はあったようですね。この連邦法は渡り鳥条約法と呼ばれているもので、いくつかの二国間条約(日米間の渡り鳥保護条約も含む)を遵守するためにつくられた国内法です。これで裁かれると罰則はもっと重くなり、1万5千ドル以下の罰金か半年以下の懲役、またはその両方となります。これは1羽あたりの量刑で、犠牲になった鳥の数が多ければその分だけ積算されます。そのため、罰金も数万から数十万ドルになり、刑期も何十年に及ぶこともあります。何十年もの懲役刑が科されたという話はまだ聞いたことがありませんが、罰金が多額になることは希ではありません。とくに企業が引き起こす環境汚染が原因となった場合は、その被害が大きいため、数十万ドル単位の罰金が科せらているケースを時々見かけます。アメリカの渡り鳥条約法については以上のように私は理解しているのですが、専門ではありませんので、もし間違いがあればご指摘ください。

さて、日本の法律はどうでしょうか。日本でアオサギを直接守ってくれる法律は鳥獣保護法しかありません。これに違反してアオサギを殺傷したり卵を獲ったりすると、100万円以下の罰金か1年以下の懲役に処せられることになります。しかし、この罰則はあくまで上限であって、実際にはニューヨークの事例のようにがっかりするような判決が多い気がしてなりません。たとえば、もう7、8年前の話ですが、千葉県成東町でサギ類のコロニーが破壊された事件がありました。サギ類の鳴き声やフンが迷惑だというので、住民が子育て真っ最中のコロニーに重機で乗り入れ、199羽ものサギたちを殺したというとんでもない事件です。
2004年9月22日(毎日新聞)『成東町のサギ営巣地破壊 容疑で53歳男性を書類送検』
もちろん、この男は鳥獣保護違反で告発され、翌年、下記のような判決が出ています。
2005年8月31日(東京新聞)『サギの繁殖地(コロニー)破壊 199羽を死なせた男性を起訴猶予』
事件そのものも信じがたいことながら、この判決も信じられません。懲役もなし、罰金もなし。起訴猶予というのは、一応、前歴として記録はされますが、前科にすらなりません。私なんかは50キロの道を80で走ったため一発免停で立派な前科者(たしかにこれは悪いこと)ですが、199もの命を奪った者が私より罪が軽いなどとどうして納得できるでしょうか。怒髪天を衝くとはまさにこのこと。これは思い出すたびに理性を失いかけますね。ともかく、こんなことで、法の効力が維持できるのかとはなはだ心配になります。

一昨日、読んでいた本に次のような一文がありました。この本はとくに動物について書かれたものではありませんが、今回書いたことにたまたま符号する内容だったので書き留めておきます。

遠くから見るサギは美しいけれど、手なずけられず、煮ても食べられず、おしゃべりも仕込めないから、人間がそういうものと関係をもつ唯一の方法は、破滅させることでしかない。 (マーガレット・アトウッド『浮かびあがる』)

ニューヨークでオオアオサギが殺された理由もおそらくはこれと同じでしょう。千葉のケースも、いろいろ理由付けはできるにせよ、人と動物の関係に還元してしまえば、やはり同じことです。この短絡的な思考の中では、サギの命は羽のように軽いと思わざるをえません。法はそのことにどれだけ気付いているのでしょうか。

2010/05/19(Wed) 19:23      まつ@管理人      鶴岡市アオサギ問題、その後

昨年の鶴岡市のアオサギ問題については以前ここでも取り上げたのでご存知の方も多いかもしれません。そのとき私が書いたものはこのページの2009/12/12のところにあるので、よろしければご覧になってください。

今回はその続きです。前回までの状況を見ると、この春に再び問題が起きることは目に見えていましたが、やっぱりと言うか、事態は予想通りの筋書きで進んでいるようです。先の週末にかけて、以下3誌に記事が載りました。興味のある方は読んでみてください。内容はどれもだいたい同じです。

朝日新聞(2010年5月12日)「鶴岡公園 今度はサギ」
朝日新聞(2010年5月15日)「サギの営巣対策始まる」
荘内日報(2010年5月15日)「「目玉風船」でサギを撃退 鶴岡公園への営巣防止図る」
山形新聞(2010年5月16日)「鶴岡のサギ対策、イタチごっこ 追い出しても別の場所で営巣心配」

問題はいくつかあります。まず取り上げなければならないのは、アオサギがすでに営巣しているにもかかわらず追い出し行為を行っていること。これは鳥獣保護法の第八条にある「鳥獣及び鳥類の卵は、捕獲等又は採取等(採取又は損傷をいう。以下同じ。)をしてはならない。」という規定に抵触する恐れがあります。これは蔑ろにできないことなので、今回、追い出しを主導的立場で行っている鶴岡市環境課に直接電話で問い合わせてみました。

市の言い分は、現在追い出しているのはまだ営巣を始めていないゴイサギのほうで、アオサギの巣には触れていないから法は犯していないということです。詭弁にもなりません。アオサギはすでに営巣しているわけですし、そのコロニーでロケット花火を打ち上げたりすればアオサギの営巣に悪影響があるのは想像力を働かせるまでもなく当然のことです。仮に営巣を放棄しなくても、親鳥が逃げれば卵やヒナがカラス等に襲われる可能性は高く、直接ではないにしても人間の行為が結果として「鳥獣及び鳥類の卵を損傷」している状況に変わりはありません。

アオサギに関して言えば、やむを得ない事情がある場合は都道府県知事の許可を得た上で駆除を行うことは可能です。しかし、今回の場合は営巣前に追い出すという建て前からだと思いますが、駆除申請は行っていないようでした。ともかく、今回の件は全てなし崩し的に事態が進行しているように見え、サギ問題に対する取り組みの悪しき前例となりそうな気配があります。

市に対してもうひとつ確認しておきたかったのは、この問題に対する市の今後の対応についてです。この件について尋ねたところ、市としてはサギ類に対する住民の苦情をもとに追い出しを行っているだけであり、現在はそのための効果的な方法を現場で実証試験しているに過ぎないということでした。これではその場凌ぎの対処療法にしかなりません。さらに悲しいことには、市としては問題解決に向けたビジョンは無く、またそれを考えるつもりもない、ついでに言えば、現在行っている実証試験以上のことをするお金も無いということでした。ビジョンの無い行政が行政と言えるのでしょうか? サギが来ればただただ追い出す、これでは人にとってもサギにとっても不幸な結末しか見えてきません。

鶴岡市の問題は去年の暮れから気にして見ていたわけですが、住民も行政も報道も鶴岡市全体が一種の集団ヒステリー状態になっているような気がしてなりません。行政は、サギが林に居座りそうになったらすぐに連絡してほしい、連絡があればすぐに追い出しに向かうといった具合で、何だか町がエイリアンの侵略を受けているような雰囲気です。とりあえず、もう少し落ち着きませんか?

生き物というのはそこに食べるものがあれば万難を排して集まってくるものです。それは仕事があるところに人が集まってくるのと同じ理屈です。生態系はそれでバランスがとれているのですから、サギ類は迷惑だから全面的に締め出しますなどと宣言してみたところで上手くいくはずがないのです。どこかで折り合いをつけなければなりません。そして、折り合いをつけるためにはそれ相応の負担が必要なのです。

さて、先の見えない鶴岡のサギ問題ですが、目先を少し別の方に向けてみましょうか。ここに、同じように問題があっても全く違った対応をされているケースがあります。紹介するのは京都の梅宮大社の事例で、日本野鳥の会滋賀支部の会報「におのうみ」14号(2008年9月1日発行)に載っていたものです。ここには会員の方がサギのコロニーがある梅宮大社の宮司さんにお話しを伺ったときの内容がまとめられています。以下、その中でとりわけ重要だと思う部分を抜粋してみます。

このコロニーの歴史は長く、昭和50年代までさかのぼるそうです。40年代からの宅地開発が60年頃まで続き、周辺の樹木が切られた結果、ここに集まってきたとのことでした。田んぼや森や林がなくなり、ここへサギ達は追い込まれてきたそうです。宮司様は「4、5年前に一度増えて心配したが、自然に減ったりすることもあるので心配無用、追い払いも保護も特別していない。うちでは自然に任せています」。
(中略)
8~10 月の3ヶ月はいないので静かですが、3〜6月はとてもうるさく梅雨の頃が一番臭いそうですが、追い払いなどの爆竹音のほうがうるさいと思っているので、自然のままにうまく調和することを考えていきたいと。また、子育て、安産は縁起がいいから雛をつくってくれるとうれしいと笑顔でお話されていました。

このコロニーがどのぐらいの規模なのか分からないので鶴岡や他の問題のある地域とは一概に比べられませんが、「とてもうるさく」と書かれているので人によっては強い被害意識をもってしまう環境だと思います。そんな状況でもこの宮司さんはとてもポジティブです。「追い払いも保護もしていない」というのは、ある意味、野生生物と人とのもっとも望ましい関わり方なのかもしれません。

そして、一番印象的だったのは次の一文です。

周りに住んでいらっしゃる近隣住民の方々からの苦情などがでることも、もちろんあるそうですが、 皆さんが追い出したので、うちで面倒をみているんだとお返事されているそうです。

この宮司さんの言葉には鶴岡の件も含めサギ問題の本質がさりげなく語られています。自分たちに災難が降りかかってきたのは、そもそも人が彼らの生息地を奪い彼らを追い出したことの結果なのだと。自業自得とはまったくこのことですね。先にも書いたように、人はこの負担をどこかで受け入れなければなりません。それが嫌だと突っぱねることは、自然界、生態系に別の歪みをつくることに他なりません。そして、それがまた別の災いとなって降りかかってくるのです。

最後にもうひとつ。開発行為によりコロニーが消滅させられるのと異なり、住民の苦情によりコロニーが排除されるケースでは、それに異議を挟む人はほとんど出てきません。人が迷惑しているという事実が取り沙汰された時点で大方の人は黙ってしまうからです。ところが、梅宮大社の宮司さんは違いました。野生生物にとって本当に必要なのは、この方のように人の利害も野生生物の利害も超越して毅然とした態度でいられる人なのかもしれません。

2010/05/18(Tue) 20:30      通行人      元江別

久々に訪れてみました〜
私は今年デビューの初心者ですが、良い写真を撮影したい気持ちはあります。
規制線が張られていることは前から知っていたのですが 今回それを越えて撮影している人がいました。
複数の人が来ていたので注意をする人が居て良いことだと思いましたが・・・
昨年よりも規制が手前に張られているようでしたが その訳はサギの繁殖に問題あってロープが張り直されたのか?
カメラを撮影するものにとって身近な撮影をしたい気落ちはわかりますが 問題があれば観察会等で説明しておけばいいと思います。
初心者なので勝手な解釈をしていましたらお詫びします。


2010/05/18(Tue) 23:55      まつ@管理人      Re: 元江別

江別コロニーは道新に何度か記事が載ったこともあって今年は見に行かれる方が増えているようですね。人によってはコロニーの存在をあまり人に知らせずそっとしておいてほしいと思う方もいるかと思いますが、私は江別の場合はもっと人に知られて気にしてくれる人の目が増えたほうがアオサギにとってもメリットは大きいのではないかと思っています。

ところで、コロニー手前の土手に張られているロープですが、これは今年設置されたもので去年まではありませんでした。そのため、去年まではコロニーのすぐ手前、川の縁まで降りていく人もけっこう見られました。これはアオサギの営巣に少なからず影響したはずです。今年ロープを張ったことで人による影響がどのていど軽減されたか量的には分かりません。ただ、これまで毎年、同じように途中で繁殖に失敗していたコロニーの一角が今年は極めて順調に子育てが続いているのを見ると、ロープによる規制は多少なりとも効果があったのではないかと思います。

ロープの設置については私も少しばかり関わったのでもう少し説明させてください。現在のロープはアオサギが警戒し始める位置より多少手前に設置されています。ですので、江別のアオサギをよく知っている方なら、もっと近寄っても問題ないのにと訝しく思われるかもしれません。ただ、それで問題が無いのは特定の時期だけのことで、たとえば繁殖の初期にはロープを張ってある場所よりもさらに手前でもアオサギは警戒してしまいます。アオサギが人を許容する距離は時期により徐々に変化します。それに合わせてロープの位置もずらせば良いですが、固定されているものゆえそういうわけにもいきません。

また、アオサギが警戒しはじめるぎりぎりの位置までなら近寄ってもいいかというと、それも考えものです。一般に、アオサギは警戒すると首を高く持ち上げますが、そうなった時はすでにハイレベルの警戒状態であり、その姿勢が見られなければ警戒していないというわけではありません。たとえ遠目にはくつろいでいるように見えても、警戒はしっかりしています。写真を撮ったり観察したりする場合はコロニーの近くにかなり長い時間いるわけですから、首をもたげなければ大丈夫という距離ではなく、もう少し余裕をみて彼らがストレスを感じずにすむ距離を保ちたいものです。

もうひとつはコロニー前の川を利用しているサギへの配慮です。今のロープ位置より前に出てしまうと川にいるサギから人が丸見えになってしまいます。普段はアオサギもほとんど利用しない川ですが、春先や巣立ち期など特定の時期には多くのサギが集まります。上から人に覗き込まれるような状況だと確実に彼らは逃げてしまいます。今回のロープはそうならないぎりぎりの位置に設置されたというわけです。

こんなことを書くと、とくに道外の方の中には不思議に思う人もたくさんいらっしゃるのではないかと思います。そんなにアオサギは警戒心が強いのかと。じつは道内でもかなり人馴れの進んだコロニーもあるのですが、アオサギが釣り人のすぐ脇まで寄ってくるような状況はまだ別世界の出来事としてしか想像できません。

ここに載せた写真は江別コロニーとは関係のないずっと田舎の川で写したものです。このとき、私とアオサギとの距離はゆうに150メートルはありました。ですが、アオサギはご覧のようにすでに警戒態勢をとっています。アオサギがどの程度の距離まで人を受け入れるかは、コロニーにより地域によりじつに様々です。アオサギと付き合うためには、この距離を見極めることがまず最初に必要なことなのかもしれません。

2010/04/19(Mon) 07:54      まつ@管理人      江別コロニー

写真は江別コロニーに関する4月16日付けの北海道新聞朝刊の記事です(PDFはこちら)。切り抜きをスキャンしたものなので読みにくいと思いますがご勘弁ください。

この件については私も多少関わったので、あとで説明を少し補足したいと思います。たぶん今晩また書きます。


2010/04/20(Tue) 07:53      まつ@管理人      Re: 江別コロニー

上で取り上げた記事を要約すると、人がコロニーに近づいてアオサギの写真を撮ることでアオサギの営巣活動に悪影響が出ている、そのため江別市がロープと看板を設置して進入禁止区域を設けたということですね。
私もこのコロニーはわりと頻繁に見に行っているので、どの辺に人がよく集まるか、どこが撮影ポイントになっているかはよく知っています。そして、残念なことに、その撮影ポイントに近いところにある巣のいくつかが毎年同じように繁殖に失敗するのです。その事実が無ければ今回の規制措置は無かっただろうと思います。ともかく、そういう状況の中で、今回、ロープを張ったのは一番手っ取り早く現実的な方法でした。けれども、これが最良の策だとは思いません。人とアオサギの間に距離を置くよう何らかの規制をするのは営巣地の保護に必要ではありますが、やはり人とアオサギの間に壁をつくられるわけですから、人にしてみれば排除されたという感覚がどうしても強くなってしまいます。将来はロープに取って代わる何か、もっと粋な工夫でアオサギに親しめる雰囲気づくりを期待したいところです。ともかく、江別のコロニーは道内はもとよりおそらく全国的にもとても観察のしやすい立地条件にあるので、人を遠ざけるのではなく、多くの人がアオサギに親しめる空間であってほしいなと思います。

それから、今回の件で原因となったコロニーに近づきすぎる人たちについてですが、アオサギに迷惑がかかるのを承知で近づいている人はそんなにいないと思います。たいていの人は、このていどなら問題ないだろう、許容範囲だろうと考えてそこにいるはずです。実際、よほど近付きすぎなければコロニー全体で大混乱になるということはまずありません。もし、そうなったらさすがに誰もがこれは大変なことだと分かるでしょうから。けれども、そこまでのパニックでなくても人との距離が近い巣の個体や過敏な個体は人の接近に敏感に反応し、ふわっと騒ぐこともなく巣からいなくなります。巣からアオサギが飛び立つのは当たり前のことなので、アオサギのことがよく分かっていないと、それが接近しすぎたことによるものだとはなかなか気付かないと思います。そして、親鳥が飛び去った巣がどうなるかは記事にもあるとおりです。

じつは私も、ずっと以前、アオサギを知って間もない頃に過ちを犯しました。あるコロニーに接近しすぎたために親鳥が飛び、空になった巣がカラスに襲われたのです。小さなヒナがカラスにくわえられ連れ去られるのを私は茫然と見つめることしかできませんでした。なので、同じような不幸が起こらないようにという思いは強く、アオサギのことをよく知ればそうした悲しい事態は避けられるという思いでこのサイトもつくっています。

アオサギは人が近付いてくるとそのうち首をもたげて警戒姿勢をとるようになります。その状態が見られれば近付きすぎということです。そのことを誰もが分かるようになればロープを張る必要もありません。願わくば、そんなことは小学生でも知っているよというぐらいアオサギについてそして野生生物について人々が十分に豊かな知識を共有できる社会になってほしいものです。

2009/12/12(Sat) 22:24      まつ@管理人      街を漂うコロニー

山形県鶴岡市に暮らすサギたちが漂流民になっています。
朝日新聞(2009年12 月9日)    山形新聞(2009年12 月7日)
少し前にも取り上げられていました。
山形新聞(2009年9月 2日)

アオサギとゴイサギが寺社の鎮守の森で子育てをして人とトラブルになっているという話です。現場の位置関係が分かるように地図を添付しました。4ヶ 所の吹き出しが記事に出てきたお寺とお宮の位置です。また、掘削工事の影響でいなくなったのではと疑われている赤川のコロニーは地図の右上、鉄道橋とその すぐ上流(南側)の橋の間にあったようです。こうして見ると、ほんの数キロの間で起こっていることなのですね。

今回のようなトラブルはアオサギと人との間ではよくあることで、この種の新聞記事は年に何度か目にします。そして、記事の内容と論調はいつもだいた い同じ。人には学習能力がないということなのでしょうか。ただ、今回の記事は、単にサギが来て困って追い出したで終わるのではなく、過去のコロニーの変遷 にまで言及しているところに少し見どころがあります。もっとも、これは記者本人が調べたものではなく、鶴岡市議会の市議の一般質問がソースになっていま す。この市議会の様子は「平成21年12月 鶴岡市議会定例会」の動画で見ることができるので興味のある方はご覧になってください(追記 残念ながら、公開期間が終了しました)。サギの件を質問した渡辺市議の動画はページの中ほどよりや や上にあります。約41分の内容のうちサギについての質問は5分19秒から8分5秒まで。また、これに対する環境部長の答弁は29分7秒から36分2秒ま でとなっています。なお、市議の質問内容は本人のブログ「渡辺ひろいの奮闘記(よりよい鶴岡を求めて)」でも読むことができます。

渡辺市議が要望した「サギの問題を市全体の問題として捉えて」という部分はまさにそのとおりだと思いました。通常、サギの被害といえば、地域的に局 所的な問題として処理されることが多いのですが、そこでのトラブルが解消したとしてもサギは他へ移りますから、地域全体としては何の問題解決にもならない わけです。そんなことは誰が考えても分かることなのに、こうした問題が起こると人は必ず場当たり的な対処で済ませようとします。それではダメなんだという 市議さんの危機意識はよく理解できます。そして、この危機感を地域の人すべてが共有しなければサギ問題は到底解決しないと思うのです。その渡辺市議の思い が市のほうにきちんと伝わったかどうか、環境部長の答弁にはいまひとつ危機感が感じられなかったのですが。

ところで、市議さんが何度も使った「大発生」という語、これはちょっとどうにかして欲しかったですね。これではまるでサギたちが害虫のようであまり に不憫です。

もうひとつ話題として取り上げたいのは、サギが町中へ来る前、彼らのコロニーは河畔にあったという点です(トラブルのあった時期や河川敷にコロニー があった時期については、渡辺市議の質問内容と環境部長の答弁、あるいは記事との間にやや食い違いがあります)。今回のケースでは、河畔林のコロニーが放 棄された理由は明らかではありません。直接には営巣林を伐採していなくても河川工事が影響した可能性もありますし、全く別の原因があったのかもしれませ ん。けれども、クマやワシといった潜在的な捕食者の影響が想定できないのであれば、何らかの人為的な行為がコロニー放棄の原因となった可能性は否定できま せん。いずれにしても、このコロニーに対して保全上の配慮が十分でなかったとは言えるのではないでしょうか。もし、今でもサギたちが河畔林に住み続けてい れば、今回のような人とのトラブルは起きなかったでしょう。こうした場所はサギ類にとっては少なくとも町中よりはよほど優れた営巣環境のはずです。人の側 から見ても、サギに町中に侵入されるよりは、そのような当たり障りのない場所にいてくれたほうがよほど有り難いに違いありません。つまり、サギたちが河畔 林に留まることは双方にとって負担の少ない望ましい状態だったのだと思います。サギと人との共生ということを考えた場合、このような状態は極力維持しなけ ればなりません。それができなければどうなるかは、残念ながら今回の事例が見事に証明しています。

私たちは自然に対してあまりにも無知ですし、仮にわずかばかりの知識があったとしても、それを有効活用して上手くいっている例はごく少ないように思います。無知なままに自然のバランスを崩し、崩すことによってさらに別の自然や自分たち自身までも傷つける、それが今日われわれの住む世界の現実でしょう。私たちはサギをはじめ自然界に生きる彼らと本当に共生できるのでしょうか? あるいは、こう考えると少しは違った世界が見えてくるかもしれません。どうすれば彼らと共生できるかではなく、どうすれば彼らと共生させてもらえるだろうかと。厄介者は彼らではなく私たちのほうなのです。そもそも、我々人間がこの地球上に「大発生」したのがあらゆる問題の根本原因なのですから。

2008/10/30(Thu) 00:31      まつ@管理人      オオアオサギ裁判

オオアオサギは、北・中米に生息するアオサギよりひとまわり大きなサギです。アオサギにごく近縁なので、当サイトでもじつはたびたび登場しています。

そのオオアオサギがここ2年ばかりカナダで論争の的になっていました。ある企業がオオアオサギのコロニーを破壊したことで訴えられたのです。訴えられたのはJ.D.アーヴィング社という製紙業を主とする巨大企業。事件が起こったのは2006年7月で、J.D.アーヴィング社が自社敷地内の森に作業道を敷設する際、コロニーの一部(8巣)を破壊したことが問題となったのでした。これにより、J.D.アーヴィング社は渡り鳥協定法(Migratory Birds Convention Act)違反の容疑で裁かれることになります。この渡り鳥協定法というのはオオアオサギなどの渡り鳥を保護するために制定されたもので、この法律を犯すと最高100万ドルの罰金ないし3年の禁固刑が科せられます。今回の裁判では行為が故意であったかどうかをはじめ、法の執行権をもつのが国なのか州なのか、さらにはこの法が合憲か違憲といったことが争点となった模様です。故意かどうかというのはこのケースだけの問題ですが、他の問題は同様の事案に大きく影響してくるので事は重大。もしJ.D.アーヴィング社の主張が通るようだと、カナダの渡り鳥の生存を保証する法的な裏付けが何も無くなってしまう、そんな危機的な事態だったのです。結果として、この裁判はカナダ国内の森林施業に関わる企業や自然保護に携わる人々の間で大いに注目を集めることとなりました。

つい先日、この裁判にようやく決着がつきました。J.D.アーヴィング社は有罪となり、6万ドルの罰金が科せられました。6万ドルという額が多いか少ないかは別として、今回の件で法の強制力が実際に発動されたということは極めて重要な意味をもつものだったようです。この判決を受けて、カナダの環境大臣は「野生生物の保護は政府にとって最優先事項である」と言い切っています。何の背景も無いところで一般論として言ったのならともかく、開発か環境かという白黒をつけざるを得ない論争を受けてのものですからこれは重い発言だと思います。ついでに、この環境大臣はオオアオサギは国の宝だとも言っています。なお、今回の判決によると、罰金6万ドルのうちの5万ドルはBird Studies Canadaという野鳥の研究や保護を行っている非営利団体に寄贈されるということです。これは粋な計らいですね。
さて、これが日本ならどういう展開になるのでしょう。少なくとも日本の環境大臣が「アオサギは国の宝」と言うことはないと思いますが…。

それから、今回、いろいろ報道されるものを見て新鮮に思えたのは、日本で鳥の保護が言及されるときに必ず持ち上がる希少性の問題にどの記事もほとんど触れていなかったことです。オオアオサギの個体数は十数万羽で絶滅が心配されるほどの少なさではなく、いわゆる希少種ではありません。なので、希少性云々の話が出ないのはもっともなことではあります。けれども、希少種でないにもかかわらず保護の問題が当然のように取り上げられ、論争を巻き起こしているという状況を見ると、野生生物に対する視点が日本とカナダでかなり違っていることを痛烈に感じざるを得ません。数が少なく絶滅の恐れがある鳥を保護するのは当然のことで、それは日本でもカナダでも一緒でしょう。しかし、日本では、希少という言葉に囚われすぎ、普通に生きている種を蔑ろにする風潮が多分にあるように思えるのです。特殊な状況にある種についてはそれなりの対応を考えなければならないのは分かりますが、まずは普通種だろうが希少種だろうが分け隔てをしないことが大前提です。今回の件は、そのことを再認識するための貴重な事例になったのではないでしょうか。

今回の出来事の詳細は、”irving”や”great blue heron”で検索するといくらでも調べられます。その中で、事の発端から結末までもっとも詳しく書いているcbc newsの記事を以下に日付順に並べてみました。興味のある方はご覧になって下さい。

060927 Logging road disrupts colony of protected herons
060928 Irving foreman saw herons, documents suggest
060929 Heron colony will be protected: J.D. Irving
070205 J.D. Irving Ltd. pleads not guilty to disrupting Great Blue Heron colony
080310 Irving launches constitutional challenge of migratory birds act
080325 J.D. Irving hopes to have federal bird protection law struck down
080325 ‘Nothing left’ if Irving case succeeds, says conservation group
080328 N.B. judge to rule in June on constitutionality of federal bird act
080609 J.D. Irving loses court challenge over heron nests
081020 J.D. Irving fined $60,000, pleads guilty to destroying heron nests
081021 J.D. Irving Ltd. donation to help fund bird atlas


2008/10/31(Fri) 20:10      エゾミユビゲラ      Re: オオアオサギ裁判

カナダでのオオアオサギの裁判の話、興味深く読ませていただきました。「オオアオサギは国の宝だという」カナダの環境大臣と多数のアオサギが駆除されている日本とは大きな違いがありますね。

普通種であるという状態が実は理想的な姿であると思います。
いつまでも普通種であることを守って行くことこそ大切な事ではないでしょうか。普通種に対してどういう態度で接するかで国民性が問われるのではないでしょうか。

トキやコウノトリの保護が成功して普通種になったら、駆除に走るのでしょうかね?

先日の記事で「アオサギの駆除数」のグラフを示していただきましたが、私も環境省のホームページからその数字を見たいと試みましたが辿り着けませんでした。

お手数ですが、環境省のホームページからどう言う順で辿ればアオサギの駆除数を見る事ができるかお教えいただければありがたいのですが・・・。


2008/11/01(Sat) 00:09      まつ@管理人      Re: オオアオサギ裁判

普通種であることが理想の状態、まさにその通りだと思います。けれども、人間は普通種でなくなってからでないとその尊さに気付かないんですね。

今回の裁判で争点となった「渡り鳥協定法」というのは、1916年にアメリカとイギリスで締結された「渡り鳥協定」に基づいて、その翌年カナダで作られたものです。ところで、その2年前の1914年は、鳥に対する人間の影響を考える上で忘れてはならない年です。シンシナティ動物園で最後の1羽となったリョコウバトが死んだ年なのです。18世紀には50億羽がいたと言われるリョコウバトも、地球上からすっかり消えてしまうまでたった数十年しかかかりませんでした。「渡り鳥協定」は環境に関する国際的な取り決めとしては世界で最も古いもののひとつと言われますが、これがリョコウバトに対する人類の壮大な愚行を反省してのものであることは間違いないでしょう。
それにしても50億でさえ0になるのですから、百数十万ていどのアオサギが絶滅しない保証はどこにもないということですね。

駆除のことで参考にした環境省のサイトですが、このページから年度別のページに入れます。環境省のサイトのトップページからここまで辿り着くのは容易でないと思います。役所のサイトというのはどうしてこうも分かりにくいのでしょうね。単にコンテンツが多いだけの問題ではないように思えるのですが。私の場合はページをひとつひとつ辿らずに、キーワードを検索して該当ページを直接探したように思います。たとえば、「有害鳥獣」、「環境省」、「統計」という3つのキーワードを間にスペースを入れて一緒に検索すると、目的のページのひとつが検索結果のトップに表示されます。もし、環境省のトップページから入りたければ、「生物多様性センター」⇒「インターネット自然研究所」⇒「野生鳥獣との共生」⇒「鳥獣関係統計」の順に進めば上のURLのページに来れるようです。

2008/09/17(Wed) 20:21      まつ@管理人      無題

左のグラフ、何だか分かりますか?
これ、アオサギの駆除数の年変化を示したものなのです。環境省のホームページに数値が載っていたのでグラフにしてみました。縦軸の駆除数が千羽を軽く超えています。最近、駆除の話をよく聞くので、数百羽規模になるとは思っていましたが、これほどひどいとは予想してませんでした。その上、このグラフはきれいに右肩上がりです。環境省の資料は2005年度までだったのでそれ以降のことは分かりませんが、現在、駆除数がどのくらいまで増えているのかを想像すると恐ろしくなります。

もう少しこのグラフについて説明すると、この駆除数は国が許可した駆除と都道府県が許可した駆除を合計したものになっています。2000年以降は新しい鳥獣保護法に変わり、駆除の許可権限が国から都道府県に移譲されています。なので、その後は国のものはなく都道府県が許可した駆除数のみになっています。ただ、この辺がよく分からないのですが、改正以前は国の許可だけかと思ったら都道府県でも別に許可しているようです。98年と99年がそうなのですが、その部分は合算しています。なお、最初の2年(96年と97年)については国が許可したものしか載っていなかったので、もし当時も都道府県の許可が98年、99年と同様にあったとすれば値はもう少し高くなるはずです。

ともかく、こんなに多くのアオサギが毎年毎年殺されているわけです。アオサギの個体数も増えていることは間違いないと思いますが、全国レベルで見れば一年単位でこれほど大幅な増加はないはず。それに比べて駆除数の増加はどうみても異常です。とくに、鳥獣保護法が新しくなって以来、堰を切ったように駆除数が増加しています。この状況の変化は蔑ろにはできません。慣用的に法の改正とは言いますが、これはアオサギにとってはとんでもない改悪です。アオサギだけでなくほとんどの野生鳥獣にとって大きな災難だと思います。改悪だという話はよく耳にしていましたが、こうしてグラフにすると一目瞭然ですね。

改正により、許認可の権限が国から地方に移り手続きが簡素化されたことは確かです。これについては良い面悪い面の両方があると思います。ただ、これは本質的なことではないのでここでは話題にしません。私が怖れるのは、許認可の裁量を地方の自治体が独自に行うようになったことで、無意味な駆除が増えたのではないかということです。国が完璧な判断をして、地方はいい加減な判断しか下せないとは思いません。しかし、各自治体がすべて的確な判断をしているかと言えばそうではないと思います。ウェブ上を見渡すだけでも、有害鳥獣駆除関係の審議会や委員会の議事録に数多く目を通すことができますが、その内容は自治体によって千差万別。ちゃんとした理念のもとにきちんと整備された指針をもっている自治体もあれば、根拠のない数値をもとに虚しい結論しか出せない自治体もあります。後者のような自治体が駆除の許可にあったって正しい判断を下せるとは私には思えません。法の改正前に国がどれだけまともな裁量を行っていたかは私は知りません。けれども、その後の駆除数の急激な増加を見る限り、少なくとも国のほうが許可するにあたって慎重だったとは思うのです。

これまで何度も書いてきましたが、我々が人間であり自らの生命を守ることを第一に考えなければならない以上、アオサギの駆除がどうしても必要なケースがあるのを私は否定しません。しかし、いま行われている駆除のうちどれだけが本当に必要な駆除なのでしょう? 慎重に判断すれば避けられた無意味な殺生が無数にあるのではないでしょうか。駆除数を増やしたからといって問題が簡単に解決できないことはこれまでに無数の例証が示しています。それなのに、このグラフはいったい何なのでしょう? 野生生物と人間との関係を考えるとき、共存、共生という理念が好んで用いられますが、そうした理想とは裏腹に、現実には少しずつ間違った方向へバランスを崩しつつある一面もある、そのことを我々はいま一度認識し直すべきなのかもしれません。


2008/09/22(Mon) 22:24      エゾミユビゲラ      Re: 無題

当サイトでの、北海道におけるアオサギの個体数は約7000羽との推測でした。それに対して、年間1200羽以上のアオサギが駆除されているとするなら、とんでもない数ではないでしょうか?
一つしかない地球で、人間以外の動物も棲んでいる訳ですから、多少の不都合はあるのが当然ですが、アオサギが基本的に人間にとって害になる鳥とは思えません。
勝手に空気まで売り買いしている一部の人間こそ不条理極まりないと思います。
アオサギの駆除に対して許認可を与えている組織なりが、どれほどアオサギの事を知っているのでしょうか?
この問題に対して、何らかの抗議を起こす方法はないのでしょうか?
あるいはメディアに取り上げてもらうことはできないものでしょうか?


2008/09/24(Wed) 21:10      まつ@管理人      Re: 無題

皆さんお察しのとおりこれは深刻な問題です。とても放ってはおけない状況ですし、議論するだけでなく何らかの行動が必要な時期に来ていると思います。
このような事態が生じた原因はふたつあります。ひとつはアオサギの個体数が増え、ヒトとアオサギの軋轢が増したこと、もうひとつは鳥獣保護法が改定されたことです。このうち前者で問題なのは、多くのケースで、極めて安易に駆除が計画され、無意味な殺生が行われていることです。この状況は一刻も早く改善されなければなりません。ただ、どう改善していくかという部分を書き始めると止めどなくなってしまいそうなので、これについてはもう少し頭が整理できてからあらためて書きたいと思います。
一方、鳥獣保護法のほうですが、この改定が無意味な駆除の一因となったのは否定できないと思います。環境省も改定によって何が変わるかは法律をつくる段階で分かっていたはず。不幸にもこのような状況になったことをどう考えるのか、これについては環境省のほうに一度問い合わせてみたいと思います。回答があればここでもご報告します。

それと、エゾミユビゲラさんが触れられていた北海道の状況について。私は北海道のアオサギ個体数は大雑把に1万羽くらいだと考えています。巣の数が4500程度なので、ペアで倍になるとして9000羽。繁殖に参加していない個体もいることを考えると、根拠はありませんが一割くらい増して1万くらいかなと思います。エゾミユビゲラさんが書かれていた7000羽というのは、全道調査を行っている途中の2002年に出した暫定的な数値なので、今は1万羽というほうが実際の値に近いでしょう。ただし、この値も2001年から2004年までの調査結果に基づいたものなので、現在は多少前後しているかもしれません。

で、肝心な駆除数です。こちらは北海道では全国的な傾向とは異なっており、それほど増えてはいません。1998年以降の駆除数は、9羽、1羽、27羽、25羽、16羽、11羽、32羽、25羽となっています。2000年の鳥獣保護法の改定後に増えていますが、全国でのようにその後も増え続けるということはなく、10羽から30羽程度の間で経過しています。私の記憶が正しければ、現在、北海道でアオサギを駆除しているところは十勝の養魚場1ヶ所です。つまり、上の数値はその養魚場での駆除数がそのまま示されたものだと思います。ついでに言うと、以前、ここの養魚業者と許可に関わった十勝支庁の担当者双方に話を伺ったことがありますが、惰性で毎年駆除が行われているといった状況で、問題の根本的な解決にはなっていません。

それはさておき、こと駆除数に関して言えば、北海道のそれがとくに多いというわけではありません。むしろアオサギの生息密度を考慮すれば全国平均に比べてかなり少ないと言えると思います。これは注目すべきことです。
では、どのような地域で駆除が行われているのでしょうか。左の図は、アオサギと人との摩擦が新聞やテレビに取り上げられた箇所を示したものです。プロットしたのは2002年以降に私がたまたま見つけたものだけです。したがって、これで全部というわけではなく、実際はここに示した数よりかなり多いと思われます。というわけで、この図は概観ていどのものとして見て下さい。図の赤丸は駆除を行ったところ、青丸はトラブルはあるもののとりあえず様子見というところです。
ここで気になるのは駆除を行った地点(赤丸)が日本の中央部に集中していることです。これは何を意味しているのでしょうか? 私はこの分布はカワウの被害が多い地域と重なっているような気がします。カワウを駆除するのが当たり前の環境で、さらにそこにアオサギの被害が加われば、「アオサギよ、お前もか!」ということになって、深く考えもせず駆除に至っているのではないかというのが私の推測です。そういう地域では被害から駆除に至るまでの一連の意志決定が、悪い意味でスムーズにできるようになっていると思うのです。どうにも仕方のない状況下で行う消極的な行為であった駆除が、被害があれば当然行うべき積極的な行為として正当化される、そうした意識環境の変化が着実に起こっているような気がします。この点、北海道も含めてカワウの被害がほとんどない地域では、アオサギの被害と駆除の考え方に対してもう少し謙虚なのではと思うのです。

明日、佐渡のトキが自然放鳥されるそうです。絶滅しそうになったら大慌てで保護し、個体数が増えれば簡単に殺してしまう、トキやアオサギに限らずそれが現在の野生生物を取り巻く風潮です。
全国でアオサギがどれだけいるのか私は知りません。そもそもアオサギの個体数を数えている地域はごく稀なので、正確な数値どころか大雑把な値さえ誰も示せないはずです。どれだけ生息しているかということさえ分かっていないのに、増えているからということで簡単に駆除している今の状況はとても危険なことだと私は思います。

ちょっと古い話ですが、19世紀、ヨーロッパの女性はサギの羽で自らを飾り立てていました。その羽を得るために、南米のあるひとつの国だけで1年に150万羽ものサギを殺していたといいます。いま考えるととんでもないことに思えますが、それは果たして当時の人々が野蛮だったから、無知だったから、あるいは価値観が違っていたから起こったことなのでしょうか。私は当時と比べてそれほど人間が成長しているとは思えません。人間が自然や野生生物をコントロールできるのだと根底のところで信じている限り、同じような過ちは何度でも繰り返されると思います。そこまで極端ではなくとも、今後、アオサギがその犠牲にならない保証はどこにもないと思うのです。

2008/06/29(Sun) 00:31      まつ@管理人      無題

動画のサイトでこんなのも見つけました。鉄塔からオオアオサギの巣を撤去する模様を写したものです。題名を見れば分かるとおり、駆除というよりは卵の救出に主眼を置いた内容です。電柱からカラスの巣を撤去する話はよく聞きますが、サギでもこういうことがあるんですね。ところで、映像の卵、4家族分ということで数えてみると18個ありました。持ち帰って孵化させるところまではいいにしても、ヒナになったら毎日が大騒ぎでしょうね。

2007/09/14(Fri) 17:48      片目      駆除方法

アオサギを効果的に駆除する方法はありますか?
現在は、張った網に絡ませさせて捕らえ、一羽一羽撲殺しております。
しかし、これだと効率悪いですね。


2007/09/14(Fri) 20:48      まつ@管理人      Re: 駆除方法

片目さん、いま一度ご自分の書かれた投稿を読み返してみて下さい。これでは頭からアオサギの駆除ありきで、話にも何もなりません。私およびここを読まれる方々が、アオサギを効率的に殺すテクニックを教えてくれるだろうなどとまともにお考えでしょうか? 捉えようによっては、片目さんの書かれた内容はこの掲示板を荒らすものとみなされかねません。

もうひとつ、これは周知のことと思いますが、アオサギを許可無く駆除することは鳥獣保護法で禁じられています。以下は片目さんが許可をとって駆除しているものとして話を進めます。

このホームページは、まず第一にアオサギと人との共生を考えようということでつくっています。その辺のことは少しお読みになっていただければ分かるかと思います。この掲示板もそういった部分を多少なりとも考えられればと思って運営しているのです。もちろん、その中にはアオサギのことをよく思ってない人からの書き込みもありますし、むしろそういった意見のほうが、実りある議論のために重要なことが多いのも事実です。ただし、今回、片目さんが書かれた内容では建設的な議論にはなりえません。

アオサギの駆除(ここでは、アオサギを殺すという意味)はどうしてもやむを得ないときにのみ行うべきもので、できる限り、本当にできる限りするべきではないというのが私の意見です(これは当然といえばあまりに当然の意見ですが)。ただ、現実を見ると無意味な駆除があまりに多すぎるのです。アオサギによる被害のほとんどは駆除以外の別の方法で防げます。そう単純には事が運ばないことは分かりますが、そこを何とか工夫して折り合いをつけようと、この掲示板でも皆が知恵を出し合っているのです。

もうひとつ言っておきたいことがあります。片目さんが書かれた駆除方法についてです。これは極めて残酷なやり方だと言わざるを得ません。アオサギが止むを得ず駆除しなければならない対象になったからといって、その時を境にアオサギが生き物からモノに変わってしまうわけではありません。アオサギに奪うべからざる尊い命があることに変わりはないのです。

私はアオサギの被害が起きている現場を数多く回ってきました。その場合の住民の方々の反応や行政側の対応もおおよそ分かります。アオサギの生態やそれに基づく被害の防除方法についても多少の知見は持っています。したがって、アオサギの被害に対して多少のアドバイスはできます。もし、片目さんが本当にアオサギの被害にお困りであるなら、その解決に向けて多少のお役には立てるかと思います。そのためにも、最低限、どのような状況で駆除する事態に至ったかを具体的にお書きになって下さい。この掲示板に書くのが不都合であれば、このサイトのホームページの一番下に私のメールアドレスが載っていますので、直接ご連絡いただければと思います。


2007/09/15(Sat) 18:34      奈津子      Re: 駆除方法

人間には責任がある。
力があるわけではない。
これ、今読んでる『月に映すあなたの一日』というネイティブ・アメリカンのことわざ集で出会った言葉です。
みんなつながっていると思うので、もう少しいいアイデアがあるのではないか、と考える方がしっくりくる。


2007/09/17(Mon) 19:41      まつ@管理人      Re: 駆除方法

考えさせられる言葉ですね。これは自然に対する人間の責任、自然に対する人間の力というふうに捉えて良いのだと思いますが、いかがでしょうか。ただ、責任と力というふたつの単語を並べる場合、本来なら力があるから責任も生じるという見方が普通だと思います。けれども、考えてみれば自然に対する人間の力なんてただの妄想なんですよね。自然界の秩序を乱すと巡り巡って自分たち自身にその影響が及んでくる、そんなことはもはや自明の理。自然界への力の行使は幻想であって、その実は自虐的な行為に他ならない、そういう意味で力がないと言っているでしょう。本当の力とは、自然が系として自己治癒する力とか、多様性を創出する能力とか、いわゆる自然の摂理のようなものなのだと思います。

その自然の摂理の手の届かないところに来てしまったのが我々人間。いつしか自然の意志から離れ、個として目覚めてしまった、そして自然界に対する自由意志をもつようになったことで必然的に自然界に対する責任が生じた、ここで言う責任とはそういうことなのでしょう。ただ、目覚めはしたものの種としての人間はまだまだ未熟で時期で言えば反抗期といったところ。親の真意を汲みとることができず、わがまま放題をやっているのが今の人間の姿と言えるかもしれません。

悲しいことに我々はかつての深い眠りを取り戻すことはできません。二度と昔の状態に戻れなくなった以上、我々が成長を許されている唯一の道は、親である自然が語る言葉にもう一度素直に耳を傾け、この地球上で受け入れられる存在に自分たちを変えていくことなのだと思います。

奈津子さんが紹介された言葉、同じものがイロコイ族の現代の長老の言葉にも出てきます。これはナショナルジオグラフィックがインタビューした時のものです。
「自然の法のもとでは全ての生命は平等だ。(中略)人間の役割は、自然を開発し利用することではなく、自然に仕え、自然が犯されることのないよう見守ることだ。人間にあるのは、力ではなく責任なんだよ。」


2007/09/18(Tue) 12:19      奈津子      Re: 駆除方法

『人間には責任がある。力があるわけではない。』本では横にタスカローラとあり、調べてみるとおもしろいことがわかりました。
タスカローラとはイロコイ連邦に属する6つの国家のうちのひとつだったのです。ってことは、まつ@管理人さんがご覧になったイロコイ族の長老の言葉と私が本で知った格言は同じものだったのですね。
このことがわかりとても嬉しくなりました。
でも、もっと嬉しかったのは私がおぼろげに感じたことを寸分違わずまつ@管理人さんが的確な言葉でまるで通訳するかのように書いて下さっていたからです。
ありがとうございました。


2007/09/18(Tue) 21:06      エゾミユビゲラ      Re: 駆除方法

片目さんは、養魚場を経営されている方なのでしょうか?魚を獲られて立腹される気持ちは分かります。私も豚を飼っており、油断すると、キツネに餌や子豚を食べられます。しかし、キツネが絶滅すれば良いとは思えません。防ぐ方法を工夫しております。

地球はあたかも人間の物だと思い上がった経済優先の活動が温暖化や砂漠化を招いています。私たちの体は、考えなくとも病原体が入ってくれば白血球が戦ってくれ、運動をして体温が上がれば汗をかいて体温を下げようとします。地球と生物が相互に関係し合い環境を作り上げていることを、ある種の「巨大な生命体」とみなすガイア理論というジェームズ・ラブロックによって提唱された理論があります。それぞれの生物は密接に関わりあって環境を作り上げています。エゾオオカミを絶滅させたお陰で、現在エゾシカが増えすぎ困っています。

人類の未来があるかないか、じつはこの辺に分岐点があるような気がします。

2007/09/01(Sat) 09:24      まつ@管理人      Re: 気になっていたこと

長野県ではアオサギ関連の問題がよく持ち上がります。「漁業被害と駆除」に書いた佐久や安曇野の他にも、今年7月には諏訪でアオサギ営巣木の違法伐採がありました。伐採したのは5月下旬、あろうことか繁殖の最盛期です。当然、巣には多くのヒナたちがいたはずで、コロニーが壊滅的な被害を受けたことは想像に難くありません。記事を読む限り、当事者の市教委生涯学習課ではサギが営巣していることをあらかじめ知っていたようです。知っていたのであればどのような状況になるかは分かるはず。弁解の余地のない野蛮な行為です。
信濃毎日新聞(2007年7月5日)
これは鳥獣保護法の明らかな違反です。これを犯したものは1年以下の懲役または100万円以下の罰金に処せられることになっていますが、伐採に関わった人たちは果たして罰せられたのかどうか。

これがアメリカやカナダなどで起こると、事はこの程度では済まされません。次の記事はオオアオサギのコロニーを横切って作業道をつけたことで裁判沙汰になっているカナダのケースです。裁判は10月からのようなので結果がどうなるかは分かりませんが、有罪となった場合の罰則は3年以下の禁固刑か100万ドル以下の罰金となっています。100万円ではありませんよ。100万ドル!です。
NB Telegraph Journal(2007年2月6日)

これだけ見ても、日本における鳥獣保護の意識がいかに低いかが分かりますが、ついでなのでさらにひどい例を挙げておきます。これはシラサギ類のコロニーを重機で破壊したという例。次の議事録は事件の詳細を知り得るものではありませんが、人とサギ類とのトラブルがどのようなやり方で処理されているのか、その一端が伺えるものになっていると思います。
千葉県環境審議会鳥獣部会議事録(一部抜粋)(2004年8月19日)
これは鳥類保護の視点に立てば極めて重大な事件です。なのに、文面からはその深刻さが一向に感じられず、鳥類保護の理念そのものがあまりにも軽んじられているような気がしてなりません。

長野県の話に戻りますが、アオサギの話題がいろいろ出てくるということは、それだけアオサギに対する人々の関心が高いということでもあります。そんな中、安曇野では被害防除を考える勉強会が開かれています。
信濃毎日新聞(2007年3月27日)
市議の活動報告(2007年3月28日)
この勉強会の内容には必ずしも賛同できない部分もありますが、まずは問題意識を共有する場をつくるということが大切なのだと思います。

近年のアオサギの生息状況の動向を見ると、長野のようなケースは今後全国的に増えてくることが予想されます。人とアオサギの関係は、とくにお互いを気にする必要がなかったか関係から、否応なく相手を意識せざるを得ない関係へと変わりつつあります。安曇野で開かれた勉強会のように、アオサギに対する関心を高める努力は今後ますます必要になってくるでしょう。ただ、それだけでは十分でありません。被害防除、あるいは保護という単一の見方で問題をとらえている限り、問題の根本的な解決にはならないと思うからです。双方の利害を主張するだけの一方向的な状況から、人とアオサギの共生という包括的な視点にシフトすること、それがこれからの重要な課題になってくるはずです。そうなれば、当然、犠牲を積極的に受け入れることも必要になってきます。我々にその覚悟ができるかどうか、当事者だけでなく社会全体の資質が問われていると言っても過言ではないでしょう。

2007/05/26(Sat) 14:16 まつ@管理人 アオサギ記事拾い読み

氷雨降る札幌の週末です。こんな天気ではアオサギのヒナたちが心配ですね。さすがに5月も末なので凍えるようなことは無いと思いますが。

さて、アオサギの繁殖シーズンもたけなわですが、この時期はメディアにアオサギの記事が載ることも多くなります。以下は、ここ2、3日のうちに見つけた記事です。

まずは、秋田魁新報web版(5月24日)。「カラスの狼藉、それに…」
これは記事ではなく記者個人の日記のようなものですが、注目はカラスの「狼藉」ぶりを列挙した部分。これを人間に置き換えたら、あるいは、カラスが人間の「狼藉」ぶりを書いたらどのような内容になるだろうかと考えてしまいました。そうなると、とても「狼藉」どころの言葉では済まないでしょうね。悪逆無道、卑劣、残酷、まだまだ足りないでしょう。そう考えると、記事にあるカラスの「狼藉」など、ほんのささやかな可愛らしい悪戯に過ぎなく思えてきます。

次は北海道新聞(5月25日)。「<アオサギ団地> ほのぼの子育て 札幌北区・住宅街の緑地」
この掲示板でもたびたび話題になるコロニーの記事です。最近はコロニーの場所を新聞でも明示するようになりました。以前であれば、こうしたケースは「札幌市北区にあるコロニー」というような表現がとられていたと思います。これはケースバイケースで、場合によってはあまりおおっぴらに公開しないほうが良いこともあるかと思いますが、場所を特定しようという傾向自体は私は賛成です。場所を特定して多くの人に知ってもらったほうが、より効果的にアオサギやその生息場所の保全が図れると思いますから。

もうひとつは京都新聞(5月25日)の記事。「京都迎賓館のコイがピンチ 景観上、ネット張れず」
1羽のサギが1日1匹程度の稚魚を食べているというのですが、サギたちの能力をちょっと過小評価してやしませんか? 人ごとながら心配です。

さて、なぜこの3つの記事を並べたかというと、いずれの記事もアオサギによる被害に触れながら、最後はアオサギに対する理解も示しているという共通点があったからです。

「生きるために懸命なんだな、という同情心も沸いた。考えてみれば、アオサギもカラスも同じ地球号の乗組員である。多少のことで目くじらを立てることもないか」(秋田魁新報)

「夜に大きな声で鳴かれるのは困るが、一生懸命子供に餌を与える姿を見ると応援したくなる」(北海道新聞)

「庭園の池に新たな生態系が生まれ、鳥たちの憩いの場所になっているのはうれしい。サギも稚魚を食べ尽くしはしないはず。(中略)野鳥とコイが共生していけば」(京都新聞)

ところで、今回取り上げた記事はいずれも人間側の被害が比較的軽微なものでした。これがもし養魚場の食害など人間の生産活動に大きく(本当に大きいかどうかは分かりませんが)影響するものであれば、記事のトーンはかなり違うものになるはずです。けれども、人間側の被害というのはあくまで人間の価値基準による評価。本来、サギたちが責められる筋合いのものではありません。我々が人間である以上、人間を中心にした記事になるのは仕方のないことですが、記者の皆さんには、被害が大きいか小さいかに関係なく、今回の3つの記事にあるような、サギのことも理解しようとする感覚は持ち続けていて欲しいものだと思いました。

2007/04/27(Fri) 17:43      くら      コロニーの調査について

明日アオサギのコロニーを調査したいと思っているのですが、なにか気をつけることとかありますか?
今日見た感じでは、子育てしてるっぽいんですが、住宅のすぐ裏の山に営巣していて、あまり外から詳しくは見れないので、実際コロニーの下まで行きたいと思っています。
まだサギについて詳しくなくて、無知であるので、いろいろアドバイスいただけたら幸いです。


2007/04/27(Fri) 22:39      エゾミユビゲラ      Re: コロニーの調査について

アオサギに興味をもっていただき嬉しく思っております。コロニーを観察されるということですが、観察される前に、是非このサイトのアオサギフォーラムの「外敵」の欄をお読み下さい。
営巣時期、親を飛ばすと色々問題が起きます。親を飛ばさないように観察することが大切です。


2007/04/27(Fri) 23:17      まつ@管理人      Re: コロニーの調査について

アオサギの調査で気をつける点ですね。これはエゾミユビゲラさんもご指摘のように、まずはアオサギを驚かさないことだと思います。かなり警戒心の強い鳥なので、人があまり接近しすぎると親が巣を離れてしまいます。それだけなら良いのですが、カラスがいるような場所だと、卵やヒナがすぐにカラスの餌食になってしまいます。そうならないために、コロニーとの間に一定の距離を置くことが必要だと思います。どのくらいの距離が必要かというのは、じつはコロニーによって千差万別で難しいところです。町中のコロニーだとけっこう人慣れしていて、巣の真下までいっても平気だったりするのですが、山間のコロニーだと100m以上離れていても警戒されます。どのくらいの距離ならアオサギが許してくれるのか、アオサギの様子を見ながら対応することが必要かと思います。基本的には、巣にいるアオサギが首をもたげ始めれば、それ以上近寄るなというサインです。この警告を無視してさらに近寄れば、コロニーは前述したようにカラスを交えた大混乱に陥ります。
くらさんの観察されているコロニーがどのような環境にあるのか、またどれくらい人為的な影響に慣れているのか分からないので何とも言えないところですが、一般的にはコロニーの下まで行って観察するというのはサギたちにかなりの負担を強いるものでお薦めできません。それに、コロニーの真下に行くと、コロニーそのものはかえって見えずらくなるような気がします。どの辺りまでなら彼らが許容してくれるか、それをはっきり見極めてその一線を越えないことが大切だと思います。


2007/04/29(Sun) 10:14      avoさん      Re: コロニーの調査について

私のところのコロニーの下は住宅がある場所です。犬がいつも吼えているようなところです。まだ数年しか経っていないですが、毎年子育てに成功しています。私はそこに春の植物を撮りに出かけます。巣のすぐ下です。でも、いつものアオサギだと100mも離れていても、写真を撮らせてくれないのに、ここだと全然警戒心がないように思われました。
1本の木にこんなに巣があります。


2007/04/30(Mon) 05:47      カラス      Re: コロニーの調査について

「警戒心の強いアオサギが・・」と驚くような行動をする個体のニュースを最近になって知ることがありますが、理由のヒントがavoさんの観察にあるような気がします。
つまり、警戒心が強いと言うのは用心深く人間を観察していると言えますから、その観察で「この人間(又は知らぬ人間が居てもこの場所)は安全」と確認すると、その分だけ警戒心を緩めるという柔軟性を持っていると想像できます。

そうは言っても、ドバトやカラスのような図々しさ?が無いのがアオサギの素敵な一面だと思っています。


2007/04/30(Mon) 15:14      まつ@管理人      Re: コロニーの調査について

これはまたたくさんの巣ですね。岩見沢のコロニーでしょうか。何年か前にavoさんに教えていただいたときは、これほど多くはなかったかと思いますが、数年でずいぶん大きくなったものですね。
一本の木にこれだけの巣がある場所は、道内では網走湖と厚岸くらいです。昔は野幌や浦幌でもこのような光景が見られましたが、今は巣の残骸さえも残っていないでしょう。あと幕別もと言いたいところですが、残念なことに今年は全くアオサギが来ていないそうです。なので、広葉樹に多くの巣がかけられるコロニーは、今となってはごく少数派になってしまいました。そんなたぐい稀なコロニーが住宅地のすぐ近くにあるというのは何だか不思議な感じです。

いろいろな環境にコロニーがあるので、サギたちの人に対する警戒の強さも様々のようですね。上でも書きましたが、町中にあるコロニーほどこの傾向が強いようで、avoさんが紹介されたコロニーのように人が巣の真下に行ってもさほど警戒されないところもあるかと思います。ただ、町近くで暮らしているアオサギが完璧な営巣場所を見つけるのは難しく、何とか営巣できる場所を仕方なく選んでいる場合も多いと思います。そんな環境に住むサギたちは、多少人がいてもある程度は許容するという覚悟があるのでしょう。近くに人がいるからといって常に100%警戒していたのでは自分たちの生活が成り立ちませんから。そうこうするうちに、実際、人に慣れるということも起こってくるのだと思います。

けれども、彼らにとって最大の外敵が人間であることは言うまでもありません。人が近くにいる限り完全に警戒を解くということは無いはずで、人がいないほうが落ち着いて営巣できるのは間違いないと思います。たとえば、札幌の住宅街にある篠路コロニー。ここは巣の真下に散策路がついているので人が頻繁に通りますが、下を歩いているぶんには何ともなくても、立ち止まって巣を見上げるととたんに警戒されたりします。また、営巣の初期には敏感になりますし、おそらく個体によっても人に対する警戒の仕方は様々だと思います。いずれにしても、ここのコロニーは大丈夫、ここのコロニーはダメと決めてしまうのではなく、どういう場合でも基本的にはアオサギは人を怖れているということを理解してあげることが大切かなと思います。
ただ、大阪辺りでアオサギが人慣れしている状況を見ていると、人を怖れているとはとうてい思えないニュータイプのアオサギがいるのも事実のようですが。


2007/05/02(Wed) 17:31      avoさん      Re: コロニーの調査について

まつ@管理人さんの言うとおり、ここは大丈夫と決め付けるのは、人間のエゴかもしれませんね。
アオサギに限らず、鳥にとって人間は怖い存在でしょう。

私もその気持ちを忘れずに、私のフィールドのアオサギに接しようと思います。


2007/05/02(Wed) 20:15      くら      無題

みなさん、いろいろとアドバイスありがとうございます!!
調査はなんとかサギが逃げない程度のところまで行ってきました!
サギがコロニーを作っているところは、民家の私有地で、裏庭(裏山)でした。なのでそこの住民の方にいろいろと話を聞くことができました。やはり、糞の臭いと、鳴き声のうるささが気になるとおっしゃっていましたが、そこの人は温かく見守ってくれているようでした。しかし、住宅街がそこのすぐ近くにあるので、そこの方たちは嫌がっているみたいです。サギと人間がうまく共生できるような方法を模索していきたいと強く思いました。

ちなみに、コロニーにはゴイサギも巣を作っていました。また、話によるとカモも一緒に営巣しているとか・・・。確認はできませんでしたが、鳴き声は聞こえました☆


2007/05/06(Sun) 10:14      まつ@管理人      Re: 無題

くらさんが触れられていたサギと人との共存の問題はこの掲示板でも大いに盛り上がって欲しい話題のひとつです。これはサギと人が同じ世界に住んでいる限りどうしても考えていかなければならない問題ですし、そのためにも、くらさんがされたようにコロニーに隣接して暮らしている方々の話を聞くことは大切なことだと思います。

以前、北海道のコロニーをあちこち現地調査していたときのことですが、私も行く先々のコロニーで周辺住民の方たちとアオサギについて話をしてきました。その経験から感じたことのひとつは、アオサギに対する感情は人によってじつに様々だということです。そして、アオサギそのものにあまり関心をもっていない人のほうが、アオサギに対する被害意識を強くもっているということです。アオサギをよく知ったからといって実際の被害がなくなるわけではありませんが、おそらく被害意識はかなり軽減されるのではないかと思います。何だか訳の分からない鳥が何処からともなくやってきたというのでは、得体の知れない病原菌に冒されているのと同じでそれを拒もうという意識しか芽生えません。これが、○○さん宅の裏山で営巣しているアオサギがやってきたとなれば、同じように被害があっても相手の正体が分かっているぶん落ち着いて対応できると思うのです。当たり前のことではありますが、サギのことをできるだけ多くの人に少しでも多く理解してもらうことがサギと人との共生のためにはもっとも大切なことだろうと思います。

数日前のことですが、橋を渡っていた小学生の男の子たちが、たまたま川にいたアオサギを見つけて、「わー、アオサギだ! かっこいい~」と言って皆で立ち止まって眺めていました。かっこいいにもびっくりしましたが、彼らがアオサギという名前を普通に知っていたことのほうが驚きでした。そういうのが当たり前の世の中になれば、人とアオサギの共存もそれほど難しい問題ではなくなるような気がするのです。

2007/04/25(Wed) 20:55      エゾミユビゲラ      無題

嵐山の現在のコロニーと1回目のコロニーの林の地主さんは同じ方で、懇意にしてもらっており、アオサギに対して理解をいただいておりますが、周辺の環境は、そう楽観できるものではありません。旭川~多度志線の道路工事に伴う近隣の林の伐採により一回目の移動がありました。林の持ち主が追い出したと言う噂は私も聞いたことがありますが、事実ではないと思います。

しかし、住民のアオサギに対する感情はあまり良いものではなく、田んぼに爆音機などをしかけております。またコロニーに隣接した住宅に住む方は、銃の所有者で、カラスの駆除を申請しており、5月頃には毎年バンバン猟銃を撃っております。近所の人からはついでにアオサギも撃って欲しいと頼まれるそうですが、撃つわけにはいかないと言っております。またこの人は、非常にカメラマンを嫌っており、私も招かれざる客のようです。

そこそこでアオサギに対する感情は、暖かく歓迎されている所とそうでない所、様々ですね。


2007/04/26(Thu) 18:55      まつ@管理人      Re: 無題

コロニー周辺住民のアオサギに対する感情ですが、これはおっしゃるとおり場所によって様々です。そして、そうした感情の違いが直接コロニーの安定性を左右することも多いです。それは町であろうと田舎であろうと変わりません。ただ、一般的には町にあるコロニーのほうが人の性急な感情の影響は受けにくいと思います。おそらく、コロニーの存在を認知している人の数が多い分、一個人の感情が全体の行動として表れにくいからでしょう。逆に、住んでいる人が少ない地域では、一個人の感情がコロニーへの行動に直接反映されがちです。それがアオサギに対する良好な感情だと言うことありませんが、敵対的な感情の場合はしばしば悲惨な結末を迎えてしまいます。さらに悪いことに、田舎の場合は人が少ないこともあって、何か起こっても問題になりにくいという難点があります。
このことに関して、最近北海道でもびっくりするような事例がありました。それについては、後日あらためて紹介したいと思います。

2007/01/11(Thu) 13:50      年寄り人      無題

毎週金曜日定期観察(10年以上)に3年前から参加していますが、アオサギは毎観察でも1羽~3羽リストに上がります。いまカワウが問題になっていますが私の地方(岡山県南部)では見かける数ではアオサギのほうが多いです。アオサギのコロニーで樹木の伐採するようにと住民運動が起きています。カワウのような害鳥駆除の施行を心配しています。


2007/01/14(Sun) 01:15      まつ@管理人      Re: 無題

カワウはあちこちで害鳥扱いされて気の毒ですね。カワウほどではないにしろ、アオサギも近年同じように増え、カワウと同じく魚を主食としていますから、彼らを取り巻く状況も似たり寄ったりのところはあると思います。ただ、アオサギの場合はカワウほどには被害が深刻でなく、また、たとえ深刻な被害があったとしても、問題となる地域が局所的だったりするので、いまのところ大きな社会問題にはなっていません。ただ、それだけにどのような問題があるのか実態が掴めないという厄介な面はあるのですが。

そのため、住民とのトラブルが起こると、その地域だけの問題として場当たり的に処理されることがほとんどです。本当は、アオサギのためにも人のためにも、問題となっているコロニーだけでなく、周辺のコロニーも含めた保全生物学的な対応が必要ですが、そこまで考えることはまずありませんね。トラブルがあれば問題の箇所のアオサギを駆除してそれで終わりと短絡的に考えている場合がほとんどだと思います。しかし、これでは問題が別の場所に移るだけで抜本的な解決にならない、それどころかしばしば問題をいっそう深刻で複雑なものにしてしまいがちです。

そうしたことをなくすために、まずどこでどのような問題があるのかを把握しておくことが必要ですが、残念ながら、今は問題の所在どころかアオサギの生息状況そのものさえろくに分かっていないのが実情で、大局的な見地からアオサギとヒトとの共存を考えられるようになるまでにはまだまだ時間がかかりそうだというのが実感です。
じつのところ、この掲示板もアオサギの現状について情報交換や議論のできる場をということを第一義に考えて作ったものなので、皆さんの地域にアオサギの問題があれば、内容にかかわらず教えていただけると非常にありがたいです。

なお、アオサギと人との間に生じる問題やアオサギの保護管理の考え方については、北海道限定ですがここにまとめてあります。興味のある方は御一読いただければと思います。

2006/05/07(Sun) 16:19      まつ@管理人      アメリカのサギ事情

アメリカのサギなのでアオサギのことではありません。この掲示板にも何度か登場したオオアオサギの話です。オオアオサギというのはアオサギをひとまわり大きくしたサギで、外見はアオサギとほとんど変わりません。アメリカにはアオサギはいないので、あちらのサギの代表格はオオアオサギと言っていいでしょう。

さて、そのオオアオサギ、先月一週間ばかり向こうの新聞にたびたび取り上げられていました。カリフォルニアのフェアフィールドという町でオオアオサギが撃たれたというニュースです。使われた銃は高性能な空気銃(ペレット銃)で、弾はオオアオサギの右翼尺骨にめり込み、骨を砕いていたそうです。

このオオアオサギは保護されてから3日後に国際鳥類救助センターで手術を受けています。手術は5本のピンと添え木様の器具を骨に埋め込むもので、じつに3時間に及んだということです。一羽の鳥の命を助けるために、人間に対するのと同じように大変な努力をしていることに敬意を表さずにはいられません。ただ残念なことに、このオオアオサギは術後の経過が思わしくなく、保護から6日後に安楽死させられています。

ところで、この事件が起こったカリフォルニアでは、こうした行為は動物虐待法という州法によって重罪(1年以下の懲役または2万ドル以下の罰金、もしくはその両方)に科せられるそうです。まあ、ここまでは程度の差こそあれ日本でも同じでしょう。驚いたのは、このオオアオサギを撃った犯人に懸賞金が懸けられていること。懸賞金は米国動物愛護協会と国際動物保護基金が提供するもので総額5,000ドルになるそうです。(ポスターはこちら

迷子の犬や猫に懸賞金がかけられる話はよく聞きますが、野生動物にというのは珍しいのではないでしょうか。これで犯人が見つかるかどうかは分かりませんが、この懸賞金、野生生物の命の重さを人々に再認識させるという点では非常に効果的だったのではないかと思います。

2005/10/02(Sun) 19:21      まつ@管理人      何のためのラムサール?

以前、道東の野付湾でアオサギの調査をしていた頃のこと。10月1日は特別な日でした。この日を境にアオサギがいつもの場所からふっつりと姿を消してしまうのです。9月末になってもこの湾には500羽から600羽のアオサギが残っています。それほどたくさんいたアオサギが突然姿を見せなくなるのです。毎年のこととはいえ、これはとても奇異なことでした。10月1日、それは野付湾の狩猟解禁日だったのです。きのう今日は週末でしたから、とくに多くの銃声が湾内に鳴り響いたことでしょう。
幸いにもアオサギは狩猟鳥でないので撃たれる心配はありません。けれども、カモ猟でバンバンやっている傍で安穏としていられるわけもなく、追い出されたアオサギは湾から遠く離れた場所に移動するのが常でした。

ところが、この野付湾、今年11月からラムサール条約に登録されることになりそうです。となると、湾内は鳥獣保護区に指定され、来年からは10月1日の奇妙な引っ越しをしなくてもよくなります。よくぞハンターが了承したものだと感心していたのですが…。
環境省のつくった鳥獣保護区の区域図を見て唖然としました。たくさんのアオサギが群れ集う湾内随一のホットスポットはそっくり保護地区から外れています。そこはアオサギだけでなくあらゆる水鳥が多く集まる場所なのに、です。知らない人が図面をみると、湾の大部分が保護区に指定されているように見えると思いますが、面積は少ないものの湾を利用する水鳥にとって重要な部分(湾の基部など)はすっぽりと外されているのです。当然、その部分は従来どおり猟が可能です。そもそもこれまでの猟はほとんどその部分でしか行われてなかったので、ラムサール登録後も鳥たちの置かれた状況は何も変わらないでしょう。これはまさに詐欺です。

ラムサールに登録されることがとりあえず意義のあることだという意見もあるかもしれません。けれども、単に条約の登録湿地となることで、野付湾に生息する水鳥の保全が図られ、全ての問題に片が付いたとみなされることがとても心配です。野付湾で狩猟をすることの是非については様々な意見があると思いますが、むしろここで問題なのは、このような詐欺まがいのいい加減なやり方で問題が片づけられることだと思うのです。

2005/08/11(Thu) 21:23      エゾミユビゲラ      他山の石

旭川の石狩川支流に、アオサギが餌場としていた堰堤がありました。遡上してきた魚がここに溜まるからです。この写真を撮ったのは、もう8年も前になります。このダイビングをいつか流し撮りで決めたいと思っていました。
間もなくこの場所にカワセミを撮るグループがやって来るようになりました。彼らのやり方は、川の中に容器を固定しそこに魚を放します。打ち込んだ杭に、もみじやらコブシやら蔓を絡ませた格好の良い枝等を縛りつけ、餌付いたカワセミを撮るのです。多い日には7人もやって来て堤防にずらりと車が並びます。年々エスカレートして川の中に恒久的に、鉄パイプまで組み始めました。勿論関係機関には無届です。おまけに勝手に立ち入り禁止のロープを張ったりしています。当然アオサギはやって来なくなりました。道具は散らかしっぱなし。注意をすると、「おまえに文句を言われる筋合いはない」と逆切れされる始末。しかも毎年このやらせグループの写真が、様々なコンテストで賞を撮っているのだから、慢心に拍車がかかるのも無理からぬもの。しかし今年になって、ついに農作業に支障をきたした住民からの苦情により、土木現業所から撤去命令が出るに至り、やっと溜飲が下がりました。
鳥もあまり人気が出るのも、考え物です。アオサギファンはジェントルハートを失わないで行きたいものです。


2005/08/14(Sun) 13:55      まつ@管理人      Re: 他山の石

やらせは嫌ですね。鳥そのものをどうこうするわけではないので、それ自体を批判するつもりはありませんが、自然そのものを写すのに作為的に構図をつくるというやり方は、自然の中で盆栽をいじっているようで卑小な感じがして好感が持てません。まあ、エゾミユビゲラさんが指摘されている件は、やらせよりもグループの身勝手な振る舞いのほうが問題なのでしょうけど。

2001/06/21(Thu) 13:16      akiko      平岡のアオサギ

私の住んでいる平岡にコロニーがあります。少し前、話題になった、たくぎんの森(現在ジャスコ所有地)です。敷地の半分にショッピングセンターが完成しました。もう来なくなるのかな?と心配でしたが、今年も大家族がやってきて巨大なショッピングセンターをみながら暮らしています。彼等もかなり妥協しながらがんばっているようです。 しかし、残りの半分、コロニーのある森は第2期工事予定地となっています。札幌市内最大のコロニーです。札幌市役所には現在、「自然保護課」はありません。北海道庁にも「〇〇保護課」はありません。すべて「保全」の名称に変わってしまいました。私は、ただのオバサンなので教えてほしいのですが、保全と保護はどう違うのですか?このホームページでは使い分けるのですか?よろしくお願いします。


2001/06/28(Thu) 21:33      まつ@管理人      Re: 平岡のアオサギ

保護と保全の違い、考えてみると結構難しい問題です。きちんとした定義があるのかもしれませんが、そんなものを出してきても砂を噛むようなもんだろうから私なりのイメージで書きます。例えば、○○保護団体とかはあっても××保全団体は聞いたことありません。これは多分自分たちの考えを主張する先に対立する勢力があるかないかの違いによるのでしょう。保護と言えば一方で開発があり、明確な対立構造がある場合がしばしばです。これに対し、保全が必要という意見に強行に反対する勢力はイメージしにくいです。なぜなのか。理由の一つは保全が必ずしも開発を排除するものではないからだと思います。この辺は私のイメージの中でもかなりあやふやな部分なので、全く違った考えを持つ方もおられるかもしれません。それから保護と保全はその対象のカテゴリーが違っています。シマフクロウの保護とは言ってもオジロワシの保全というのはあまり聞かないです。そんなことを言いながらこのページのタイトルが「アオサギの保全を・・・」というのもおかしな話でですね。ともかく、もし保全が使われるとすればタンチョウの生息環境の保全というような使い方だと思います。つまり保護は生物の種そのものを対象にできますが、保全の概念にそれはありません。保全は保護のようにヒトが主体となった行動そのものだけを指すのではなく、行動と状態がないまぜになった雰囲気をもっているようです。また種の存続が脅かされるようなきわどい状況になってから採られる行動が保護だとすると、保全はそうなる前の段階での行動です。行動というより将来起こることに対する対処法といった感じです。 ・・・ここまで自分でも混乱しながら書いてきましたが、ここで自分のイメージを短くまとめてみます。特定の生物種(あるいは生態系)を絶滅の危機から救おうとする行動が保護で、そういう状況に至らないように周囲の環境をその生物種にとって適切な状態に維持しようとする試みが保全、ということでしょうか。こんなに短く書いてしまうと、じゃあこれは保全とは言わないのかとか、ここに書かれていない状況がいくらでも出てくると思います。もしそういった事があれば気軽にここに書き込んで下さい。私は保全ということがきちんと分かっていません。アオサギの住む環境をどう保全するかといったことについても明快な意見をもっているとは言えません。しかし、だからこそこのページを開いたのです。akikoさん、答えになったでしょうか。私はこう思いますというのを書きました。でもこのページではこうしますというような決まりは一切ありません。皆さんのやり方、考え方で大いに議論して下さい。


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