アオサギの渡り
アオサギの渡り
2008/10/10(Fri) 00:53 まつ@管理人 温暖化と渡りの関係
気候変動と渡りの時期については、近年、さかんに研究されており、気温の上昇にともなって春の渡り時期や産卵時期が早くなったことがいろいろな鳥で報告されています。一方、秋の渡りはというと、こちらはあまり精力的には研究されていないようです。やはり、秋は春にくらべると渡りの期間が長いですし、渡る場所もコロニーからではなく分散先からなので、記録を取ること自体が難しいのでしょう。私も札幌付近のアオサギがどこから旅立っているのかいまだに知りません。
春の渡りには、その先に繁殖という大きな目標があります。そして、その目標を達成しようとするなら、繁殖地に少しでも早く着いたほうが有利です。というのは、他の個体より早く着けば、子育てをするのに良い場所を確保し良い配偶相手を見つけられるからで、結果的に多くの子孫を残せる可能性が高くなるからです。なので、温暖化によって繁殖地に春が早く訪れるようになれば、その分だけ早めに渡って来るというのは理にかなっています。
ところが、秋のほうはというと、餌がなくなるため餌の豊富な土地に仕方なく移動するのであって、春にくらべればずいぶん消極的な理由です。春と秋、同じ渡りとはいってもその内実はずいぶん違うわけです。おそらく、渡りのタイミングを計るアオサギの真剣さの度合いは、両季節でかなり違っているのではないでしょうか。もっとも、秋の渡りも早く渡ったほうが有利な面(餌場の縄張りなど)もあるにはありますが、春のそれに比べればそれほど切実なものとは言えないと思います。
他の鳥の場合、温暖化によって秋の渡りが早くなるものもいれば遅くなるものもいるそうです。それぞれの鳥がそれぞれ独自の習性をもっていますから、温暖化の影響の仕方も様々だということですね。これが春だと、繁殖というどの種も一様にもっている強い動機に引っ張られて、温暖化に対応する行動パターンも似通ったものになりがちですが、秋だとそういう強い動機付けがないので、種による習性の違いとかそういうことが前面に出てしまうのでしょう。
ともかく、秋は春にくらべて渡去のタイミングの取り方がルーズだとは言えると思います。秋に温暖化の影響がどのていど効いてくるのかは分かりませんが、いつ渡るかというタイミングは、温暖化で生じた変化よりもむしろもっと至近な環境要因(たとえば、その年その地域での一時的な餌資源量の変動、あるいは人為的な攪乱など)によって決定される部分が大きいのではないかと思います。そして、これら至近要因に不確定要素が多く含まれることが、秋の渡りのタイミングをさらに予測不可能なものにしているように思います。
2008/09/30(Tue) 20:01 まつ@管理人 行く先は?
アオサギは東南アジアに渡るのかという質問をいただきました。答えから先に言うと渡ります。
今ちょうど渡りの季節なので、アオサギがどこからどこまで移動しているのか、少しここでも見てみたいと思います。とは言うものの、国内でのアオサギの捕獲や標識例は非常に少なく、いま手元にある資料から全部書き出しても左の図に示したくらいしかありません(同じ県内での短距離移動は省いています)。おそらく、アオサギはなかなか捕まえられないということなのでしょう。
さて、初めに書いた東南アジアというのはじつはベトナムのことです。春に山口県で標識されたアオサギが、その年の冬、ベトナムで見つかっているのです。ただ、これもたった1例に過ぎません。
他に海外との行き来ということでは、ロシア極東で標識されたアオサギが福岡や千葉で見つかった例があります。ロシア極東のアオサギは東南アジアのほうへ向かう場合もあるようですが、一部はこうして日本へ来ているということですね。
国内で面白いのは、富山で標識されたアオサギの越冬地がてんでばらばらなこと。富山での標識は戦前の1936年から1940年にかけて行われています。これは当時の農林省山林局の「標識鳥回収一覧」という資料なのですが、標識の記録があるのは全て保内村(たぶん現在は富山市の一部)、おそらく同じコロニーで毎年捕獲していたものと思われます。それが秋から冬にかけて、東は千葉、西は香川まで、あっちこっちで見つかっているのです。これはなかなか面白い結果だと思いませんか。たとえ同じコロニーでひと夏を過ごしても、秋になれば各々好き勝手に?分かれて飛んでいく、この自由な雰囲気が何ともいいですね。
2008/10/18(Sat) 22:14 まつ@管理人 Re: 行く先は?
この前、日本周辺での渡りルートについて書いたので、今回はもっと広い地域での渡りがどうなっているのか書いてみます。左の図はユーラシア、アフリカ地域での渡りルートを示したものです。もっとも、オーストラリアや南北アメリカ大陸にはアオサギは生息しないので、図に示したのがアオサギの全生息域ということになります。
図では繁殖地と越冬地、および留鳥として生息する地域を色分けで示しています。この区分は”The Herons”(2005年 J.A.Kushlan and J.A.Hancock著)に載っていたものです。また、赤の矢印で示した渡りルートは”The Herons Handbook”(1984年 J.A.Hancock and J.A.Kushlan著)から引用しました。渡りルートのほうは20年以上前の古い情報なので、現在生息していない地域から矢印が伸びているといったちょっと変なところもあります。
さて、ご覧になっていかがでしょうか。ずいぶん長い距離を渡っているのが分かるかと思います。ロシア西部で繁殖した個体は、地中海とサハラ砂漠を越えてはるばる西アフリカまで南下しています。前回、日本周辺の渡りルートについて紹介したとき、山口からベトナムというかなり長距離の移動がありましたが、世界を見渡せばそれ以上に長い渡りがいくらでもあるということですね。さすがはアオサギです。
以下は余談です。鳥だからこのくらい移動するのは当たり前と言ってしまえばそれまでですが、やはりこれは大変なことです。人は飛行機でも使わなければこんなことはできません。人が自分の力だけで移動できる距離などごくわずか。鳥から見れば人などほとんど移動力のない可哀想な生き物かもしれません。どこにでも飛んでいける鳥を人が自由の象徴だと考えるのも当然ですね。彼らはそのつもりさえあれば世界を一周でも二周でも自力で旅することも可能でしょうから。人が地球規模で動き回れるようになったことでようやく気付きはじめたたことを、たぶん彼らはずっと前から知っていたのでしょうね。
2008/09/11(Thu) 21:59 まつ@管理人 渡りの季節ですね。
朝晩がめっきり涼しくなりました。渡りに向けそわそわしているアオサギも多いことでしょう。これが初めての大旅行となる今年生まれの幼鳥たちも、いつもと違う何か特別な雰囲気を感じているかもしれませんね。
それにしても、幼鳥がコロニーを離れたのはつい最近のこと。早く巣立ったところでもふた月あまり、遅いところはまだひと月ほどしか経っていません。彼らの餌採りの下手さ加減を目にすると、あんなので大丈夫なんだろうかと心配になります。実際、幼鳥にとって自力で十分な餌を獲るというのは想像以上に難しいことのようです。たとえばアメリカのオオアオサギでは、幼鳥の40-70%はコロニーを出て55日目までに死亡するのだとか(Erwin et al. 1996)。これはそうとう厳しい世界ですね。ただ、死亡率のピークは巣立ち直後で、その後は徐々に減少するはずです。今の時期まで生き延びられれば、餓死する確率はかなり少なくなっているかもしれません。
しかし、そうは言っても時期が遅くなれば遅くなるほど餌の量は乏しくなるはず。適当なところで覚悟を決めなければ南に向かう便に乗りそびれてしまいます。体の準備が整うのを待ちつつ、一方で餌があまり少なくならないうちに適切な時期を選んで渡らなければならないのです。彼らが自分の出発すべき時期を正しく見極められるかどうかは、もしかすると渡りそのものより重大事なのかもしれません。
2001/09/04(Tue) 18:30 まつ@管理人 アオサギの渡り
渡りといえば、ガンとか白鳥など普段から群れで暮らしている鳥が有名ですが、同じ群れの鳥でもアオサギの渡りを知る人はあまりいないと思います。私が見たアオサギの渡りはいつも夕方開始されました。午後遅くなると四方に散らばっていたサギたちが続々と集結してくる場所があります。そこではひたすら佇んでいるだけなのですが、薄暮の頃にわかにそわそわした雰囲気が訪れます。ギャッ、ギャッと頻繁に声を立てるようになり、それが頂点に達すると一群のサギたちが上空へ舞い上がるのです。飛び立ったサギたちはすぐには去りません。しばらくは上昇気流に乗るようにぐるぐる旋回しながら高度を上げ、その間にメンバーが補充されたり脱落したりします。やがて、相当な高さまで上がったところで初めて向きを定め飛び去ります。ガンのようにカギ形の隊列になることもありますが形を成してないことも多いようです。
アオサギの渡りについては分かってないことも多く、日本ではその経路をはじめ越冬先についてもほとんど調べられていません。標識調査によると、釧路で標識されたアオサギが長崎で見つかった例があります。山口県のアオサギは遠くベトナムで発見されました。さらに、シベリアのアオサギの中にはアフリカで越冬するのもいるそうです。