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合唱曲「蒼鷺」掲示板
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こんにちは 投稿者:ちいかわ 投稿日:2022/11/20(Sun) 19:18 No.319   
中学校の先輩たちのすごい合唱を聴いてどうしてもその曲を知りたくて調べていたらここに辿り着きました。私が聴いたのは、最強の合唱を届け隊の先輩のクラスだと思います。蒼鷺だったんですね。すごくいい曲だなと思いました。交流会で聴いた時も強弱とかしっかりついていてカッコよかったです。来年私もこの曲歌いたいなと思ったし、今年の先輩みたいに歌いたいなと思いました。私事ですみませんでした。


Re: こんにちは - まつ@管理人 2022/11/20(Sun) 19:30 No.320

いえいえ、この掲示板は交流の場ですから、お役に立てて何よりです。ちいかわさんのご投稿、最響の合唱を届け隊さんが目にすれば大喜びしょう。いつか『蒼鷺』歌う機会があると良いですね。


Re: こんにちは - 最強の合唱を届け隊 2022/11/22(Tue) 16:14 No.322

ちいかわさんありがとう!めっちゃ嬉しいです!自分毎日ここ来てたんだけど(笑)、この文章見てめっちゃ嬉しくなった!ぜひ来年も蒼鷺を歌って私たちの蒼鷺をつなげていってね!


Re: こんにちは - ちいかわ 2022/11/22(Tue) 22:46 No.323

先輩!ありがとうございます!とってもすごかったです!私たちも先輩みたいな合唱がつくれるように頑張ります!

合唱発表会 投稿者:最響の合唱を届け隊 投稿日:2022/11/07(Mon) 17:45 No.308   
明日はとうとう中学校生活最後の合唱発表会です。本来ならば合唱コンクールという形で行われますが、コロナの影響もあり、発表会という形ではありますが、やれることになっています。今日の練習では、みんながそれぞれ練習した成果が所々で見られ、とてもいい合唱になっています。思い出に残したくてここに投稿しました。担任の先生も熱が入り、かなり迷惑なほどです。でも、みんなで笑ったり、泣いたり、色々な想いが詰まっての今回の蒼鷺だと思うので、聞いてくれた人全員に感動を届けられるような、全力で、思いの詰まった、そんな合唱にしていきたいです。また、自分達の心の中にも残り続ける、そんな合唱にします。
                                      令和4年11月7日 岩倉市立岩倉中学校 3年3組


Re: 合唱発表会 - まつ@管理人 2022/11/07(Mon) 20:42 No.309

投稿者名に書かれたお名前が良いですね。
『蒼鷺』は詩と曲が文句なく素晴らしい上に、一筋縄ではいかない難しさもあって、それだけにとても練習しがいのある合唱曲なんだろうなと思います。担任の先生が過剰に熱が入るのも分かる気がします。いよいよ明日なんですね。思い出に残る最響の合唱になりますように!!



Re: 合唱発表会 - 最響の合唱を届け隊 2022/11/07(Mon) 21:43 No.310

ありがとうございます。実は初めはみんな蒼鷺を嫌がっていました。理由はクラスのやりたい曲第5希望の中に入っておらず、難しくて、古めの曲だからです。でも練習していくうちに蒼鷺の曲の持つ素晴らしさに気づくことができました。私は3年3組で蒼鷺を歌うことができてよかったと思っています。私たちの目標は聞いて下さった方々(特に担任の先生)を感動させることです。(担任の先生を泣かせたい)つい金曜日まではテノールの音程がずれており、アルトの声も出てなくて、本番どうするんだと思っていましたが、今日はとてもいい合唱になったと思います。全パートのバランスも良くなり、響きが良くなりました。私は今ではこの曲が大好きですし、この曲を歌うことができてよかったと思います。


Re: 合唱発表会 - まつ@管理人 2022/11/08(Tue) 10:35 No.311

周囲の希望をよそに『蒼鷺』で押し切った先見の明のある方(担任の先生?)に感謝ですね。担任の先生、きっと泣くでしょう。がんばってください。


Re: 合唱発表会 - 最響の合唱を届け隊 2022/11/08(Tue) 18:06 No.312

今日の本番、先生を泣かせることはできませんでした。泣くつもりはないと言われました。とても悔しかったです。蒼鷺を歌うことになった理由は、くじ運が悪かったからです笑 自分ではあまり満足のいく合唱にすることができず、優秀な人に贈られる学年、クラスでの賞、に入賞することができず、悔しかったです。自分より頑張っていたから賞に選ばれたんですけど、それでも自分の頑張りが認められなかったような気がして悔しかったし、悲しかったし。
でも、みんなを信じたおかげでいい合唱にはなったと思うし、金曜日に1・2年生の前で歌うという交流会があるのでそこでまた、今日の悔しかったことをリベンジしていきたいです。楽しむこともできましたが、悔しい思いもいっぱいした、そんな今日の合唱でした。



Re: 合唱発表会 - まつ@管理人 2022/11/08(Tue) 21:47 No.313

わざわざの報告、ありがとうございます。
精一杯がんばった結果の悔しさは何にも替え難いものですし、後で振り返れば必ず良い思い出になっていると思いますよ。楽しめたことが何よりです。お疲れさまでした!



Re: 合唱発表会 - 最響の合唱を届け隊 2022/11/11(Fri) 18:16 No.315

今日、無事に交流会を終えました。先生が泣いたのか泣いてないのかは微妙な感じでしたが、泣いてました!笑リベンジできて嬉しかったです。また、発表会の時よりも声量もあり、強弱をしっかり意識することができました。3組だからこそ創ることができた自慢の蒼鷺です。初めはどうなることかと思っていた癖強い3組のメンバーですが、どんな状況でも仲間を受けいれることのできるとても温かいクラスだなと思いました。最後にリーダーが一言言うタイミングがあって色々喋ってたら涙出てきちゃいました。合唱がすごく充実した一ヶ月になったから終わるのがとても寂しかったし、3年間で最後の合唱があっけなく終わってしまい、まだ3組で合唱がやりたかったと思ってしまいます。先生にわたしたメッセージカードも卒業の時に渡す文章みたいになっちゃったし、ハートつけたら面白くなっちゃって本当に3組らしい終わり方だったと思っています。


Re: 合唱発表会 - 最響の合唱を届け隊 2022/11/11(Fri) 18:22 No.316

交流会に1・2年生の時にお世話になり、産休に入られてた先生が今日聞きにきてくださいました。言葉を交わすことなく教室に戻る時に通り過ぎるだけでしたが、最後に私たちの合唱を聴いていただけてとても嬉しかったです。合唱練習の過程できついことたくさん言ったし、自分よりも合唱練習が辛い・嫌な人だっていたはずなのに毎回練習に参加してくれて本当に感謝です。ありがとう。また、うまくまとめられなかったのに最後までしっかりついてきてくれてありがとう。とてもいい思い出をもらいました。一緒に蒼鷺を創れて、蒼鷺を歌えて本当によかったです。また、3組のメンバーだったからこそ創れました。
今日でこの掲示板に投稿するのは最後になります。とても寂しいです。悲しいです。でも今回の思い出を胸に受験も高校生活も頑張りたいと思います。
ありがとうございました。



Re: 合唱発表会 - まつ@管理人 2022/11/11(Fri) 23:05 No.317

有終の美が飾られたようで何よりです。良い思い出ができましたね。私はアオサギとの関連でこの掲示板を提供しているだけで、詩のほうはともかく曲についてはまるで門外漢なのですが、今回の一連のご投稿でこの曲にかける皆さんの熱い思いがひしひしと伝わってきて私も楽しませてもらいました。ありがとうございました。


Re: 合唱発表会 - 最響の合唱を届け隊 2022/11/12(Sat) 13:49 No.318

先生のくじ運が悪かったおかげでこの曲と出会うことができました。そんな先生にも感謝です。3組のメンバーは全員クセが強く、そんなクラスにピッタリのクセ強い先生です。合唱練習に参加しないでもらった時も寂しいからとみんなには内緒でこっそり蒼鷺を聴いていたようです。また、先生伝いに泣かせることが目標だと言うこともバレていたようで笑 今年の合唱を通して普段はみんなにあんまり好かれてはいない先生ですが、とてもクラス思いの3組にピッタリの先生だなと思いました。最後も笑顔で終われてとても3組らしい終わり方でした。
流石にこれで最後です笑 ありがとうございました。


質問です 投稿者:心莉 投稿日:2022/11/01(Tue) 21:59 No.300   
この曲は本番まであと4日なのですが、アクセントや発音を意識してみてもどうしてもダラダラとした音楽になってしまいます。メリハリをつけるにはアクセントや発音以外に気をつけるべきものはありますか?


Re: 質問です - まつ@管理人 2022/11/01(Tue) 23:16 No.302

ごめんなさい。詩の解釈中心の掲示板なので、曲についてはこれといったアドバイスができないのです。ただ、この合唱曲は曲も素晴らしいのですが、詩そのものが何より重要です。なので、詩の内容をうまく捉えられてないと魂の抜けたような合唱になってしまいます。逆に、この詩で表現されているものが何なのかが分かれば、自ずからメリハリのある歌い方になるはずです。そんなわけで、詩の解釈については当掲示板でもかなり議論されてますので、よろしければ参考にしてみてください。以前の投稿は下記ページにもまとめてあります。
「アオサギは死んだのか?」 ⇒ https://www.grey-heron.net/forum/58-chorus/dead-or-alive/



Re: 質問です - 心莉 2022/11/02(Wed) 18:37 No.305

返答ありがとうございました。またすみません。以前の投稿を見て参考にしたいと思います。


Re: 質問です - まつ@管理人 2022/11/02(Wed) 19:08 No.307

いえいえ、あまりお役に立てずすみません。この合唱曲は、詩の内容をどのように解釈するかによってまったく違う曲調になっていく気がします。この蒼鷺は死んだのか死んでないのか、いったいどうなってしまったんだ?という辺りをとことん突き詰めていくと、もしかしたら新しい地平が見えてくるのではないかなと。本番まであと3日ということですが、私や他の方々の解釈にこだわらず、ぜひぜひ心莉さんオリジナルの解釈を考えてみてください。きっとレベルアップした合唱曲になると思いますよ。

蒼鷺は死んだのか、死んでないの... 投稿者:菜奈 投稿日:2022/11/01(Tue) 20:58 No.299   
ピアノ伴奏を務めさせていただきます。菜奈です。私たちのクラスは蒼鷺は動かぬで死んでしまったけど、転調後の蝦夷はるにからは死んでしまった蒼鷺とは別の次世代の蒼鷺ではないかということで統一しました。私は最初は生きていると思っていましたが、今ではこれに納得しています。とてもいい案だと思ったので参考になればと思って投稿させていただきました。今年最後のこの合唱をより良い形で終われるようにしていきたいと思います。残り2週間。練習も一回一回を大切にしていきたいです。


Re: 蒼鷺は死んだのか、死んでな... - まつ@管理人 2022/11/01(Tue) 23:12 No.301

なるほど、面白い解釈ですね。ひとつの世代は終焉を迎えても、そこで終わりなのではなく、次世代、さらに次世代へと受け継がれていく…。『蒼鷺』の歌のもつ力強さが存分に活かされる解釈だと思います。

この詩の解釈については私もこれまでいろいろ書いてきましたが、作詞者である更科源蔵の真意がどこにあるにせよ、それとは別にさまざまな解釈ができるのは素晴らしいことだし、それを可能にするこの詩の寛容さというか包容力が、この詩の隠れた魅力なのかもしれないなと思っています。

菜奈さんたちの次世代『蒼鷺』の魂が奥の底から羽ばたくことを祈ってます。



Re: 蒼鷺は死んだのか、死んでな... - 菜奈 2022/11/02(Wed) 17:46 No.303

返信ありがとうございます!とても面白い解釈ですよね!この案に統一したことによって今日の合唱はいつもより少し表現が豊かになっていました。また、「頑張って蒼鷺が次世代に命を残せるようにしよう!」と、曲の中の蒼鷺をペットのように可愛がっています(笑)
応援ありがとうございます。私も伴奏者としてできることを精一杯行い、次世代へ蒼鷺をつなげていけるように頑張りたいと思います。



Re: 蒼鷺は死んだのか、死んでな... - まつ@管理人 2022/11/02(Wed) 17:51 No.304

応援してます。ネクストジェネレーションの蒼鷺さんたち、大いに羽ばたいてください!

教えてください!!! 投稿者:キラキラ 投稿日:2020/09/04(Fri) 17:33 No.295   
私は青鷺の伴奏者になりました。ですが、いまいちどこで強調すればよいのかなどが分かりません。
また、この曲が作られた背景や、作曲者が曲を通して訴えている内容について教えてください!


Re: 教えてください!!! - まつ@管理人 2020/09/04(Fri) 21:20 No.296

こんばんは、キラキラさん。
ご投稿の内容からは、キラキラさんがお知りになりたいのが作曲部分のご質問なのか作詞部分のご質問なのかいまいち判然としなかったのですが、もし作曲部分についてのご質問ということであれば、残念ながら私には分かりません。ごめんなさい。強いて知っていることを挙げるとするなら、曲をつくられたのが長谷部匡俊さんで、比較的最近(平成5年)の作品だということくらいです。

これに対して詩がつくられたのはずっと古くて戦前にまで遡ります。『蒼鷺』が収録されているのは昭和18年に出版された『凍原の歌』という詩集です。詩の解釈については当掲示板でもずいぶんいろいろ書いてきましたが、じつは作詞者の更科源蔵本人の解説があって、全てはそこに要約されています。これ以外の説明はもはや不要でしょう。以下がそれで、彼の晩年の著書『北海道・草原の歴史から』(昭和50年刊)からの引用です。

『これは戦前に私の書いた、「蒼鷺」という詩である。これを読むと蒼鷺は留鳥のように書いているが、実は渡り鳥である。ただ、釧路湿原の落日の中に、風に吹かれてポツンと一羽だけ、枯木のように立ちつくして飛び立とうともしないその姿に、私の若い血がゆすぶられたのである。それはただ孤独な影を曳いた鳥の姿ということだけではなしに、明治のはじめ、茫漠とした釧路湿原の奥に入って、風雪に逆撫でされながらついに動かず、この土地の土に化した父母や、その仲間たちの姿がそれにダブって見えたからでもある。』



Re: 教えてください!!! - キラキラ 2020/09/07(Mon) 23:40 No.297

返信わざわざありがとうございます!
分かりづらく申し訳ないです。私がお聞きしたかったのは作詞の部分です。
差し支えなければもう一度返信くださると嬉しいです。
本当に申し訳ないです、、、



Re: 教えてください!!! - まつ@管理人 2020/09/08(Tue) 07:28 No.298

私の回答、最後まで読んでいただけたのでしょうか?

無題 投稿者:3ー1 投稿日:2014/11/10(Mon) 17:59 No.293   
私も今年の合唱祭で青鷺を歌います。
私の学校の音楽の先生はかなり変わっていて、自由曲(青鷺)をもらう時に「この歌の主題は?」と聞かれました。
そこから歌声委員で調べ上げ、音楽の先生のところへ自由曲をもらいに調べた事を言いにいきました。

☟それがこのような内容です☟
まず、青鷺は死んだのか死んでいないのかです。これは私達の解釈によると死んでいません。この詩を書いた、更科さんの両親は開拓使です。そして更科さんはアイヌ民族研究家でした。この曲は、簡単に言うとアイヌ民族が開拓使によって占領されていく中必死に耐えて生きていた事と渡り鳥が自然の厳しさに耐えながら生きているのを重ね合わせた詩だと解釈しました。
この詩の舞台は、北海道の釧路です。その釧路には、アイヌコタンというアイヌ民族の遺跡があります。もうすでにこの時点で重なっていますね。
エゾハンノキに、片脚を立てた青鷺が黙って耳を澄まし、葦を押している風の音を聞いています。そして、最後らへんの歌詞にある「枯骨」が重要です。枯骨の意味は、死人の朽ち果てた骨です。これは歌詞にもある、「ゆるさぬ枯骨」と関連していて、かつて開拓使に自分達のものを奪われたアイヌ民族はその行いを許さぬまま死んでいったということだと思います。しかし、最初に言った「青鷺は死んでいない」という解釈とはこのままだと真逆なものだと思われてしまいます。死んだのかと思わせるような詩ですが、死んでいないのです。
アイヌ民族ももちろん人間なので死んでしまいますが、この思いは消えません。この作詞者の更科さんのような、アイヌの文化を守っていこうとしている人達がいるのですから。そして、この渡り鳥の青鷺と重ねたということです。

あくまでこれは私自身の解釈です。
参考にしてくれるといいと思います。


Re: 無題 - まつ@管理人 2015/02/14(Sat) 16:06 No.294

3-1さん、こんにちは。投稿されたのがずっと前なのでもうこの返事を見ることもないかと思いますが、とりあえず気になった部分をお答えしたいと思います。

アイヌの人々とこの詩との関係についてです。更科源蔵の「北海道・草原の歴史から」という著書に、この作品がどのようなきっかけで作られたのかについての説明があります。それによると、このアオサギは「ただ孤独な影を曳いた鳥の姿ということだけではなしに、明治のはじめ、茫漠とした釧路湿原の奥に入って、風雪に逆撫でされながらついに動かず、この土地の土に化した父母や、その仲間たちの姿がそれにダブって見えた」とあります。つまり、ここではアイヌとの関わりは出てきません。アオサギの姿に重ねて彼が見たのは、アイヌの人々の境遇ではなく自らの父母をはじめとする開拓民の生きざまだったということです。

本当は創作の背景が分からないまま各人が思い思いに想像を巡らすほうが楽しいのですが、著者本人としては以上のような思いで作った作品のようです。ご参考までに。


無題 投稿者:アスカ 投稿日:2013/10/02(Wed) 16:38 No.288   
はじめまして。
今度の文化祭で蒼鷺を合唱することになりました。
この間の授業で、担任が「蒼鷺の歌詞を見て、読み取ったことを発表しろ」と言われ、
「蒼鷺は最後寒さで死んだと思う」と言ったのですが・・・。
蒼鷺が死んだのか死んでいないのかで意見が分かれまして。
クラスの男子がどこから持ってきたのか蒼鷺に関する文章を
読み上げだし、「蒼鷺は死んではいない」と言ったのですが、
私は何回歌詞を読み返しても死んだとしか思えないです。
皆さんは、どっちだと思いますか?


Re: 無題 - まつ@管理人 2013/10/02(Wed) 20:39 No.289

アスカさん、はじめまして。
本当はここを訪れる皆さんの意見を聞きたいところですが、待っていても誰もいらっしゃらないかもしれないので、とりあえず私の意見を書いておきますね。

はい、これはもう定番中の定番のご質問です。皆さんどうしてもこのことをはっきりさせたいようで、定期的にお尋ねがあります。死んだと捉えるか死んでないと捉えるかで歌い方もまったく変わりますから蔑ろにはできないのでしょう。

さて、少し脱線して話をはじめますが、『蒼鷺』という詩はもともと合唱曲にするつもりで書かれたのではなく、詩そのものとして世に出たものです。詩ですから、本来、人により受け取り方が異なるのは当然で、また、同じ人でも時とともに解釈が変わることもあるかと思います。基本的に、この詩をどのように解釈するかはひとりひとりの自由です。

ところが、合唱曲になるとそれでは困るのですね。皆があるていど同じイメージで歌わないと曲として成立しませんから。逆の見方をすれば、曲として成り立たせるだけならステージで歌う皆の解釈が同じでありさえすれば良く、アオサギが死んだか死んでないかは大した問題ではないとも言えます。生か死か、どちらを選ぶかで合唱の雰囲気はずいぶん変わるでしょうけど、いずれか一方に決めさえすれば、あとはその世界観を堂々と歌で表現すればOK、やや乱暴ですがそう思います。

もっとも、私としてはアオサギは死んでいないと思っています。そう思う理由についてはこれまで当掲示板で何度も書いてほぼ書き尽くした感があります。アオサギの生死に関する皆さんと私の意見については、今回、特別に下記ページにまとめましたので参考にしていただければと思います。
「アオサギは死んだのか?」 ⇒ https://www.grey-heron.net/forum/58-chorus/dead-or-alive/
死んだと思う人、死んでないと思う人、皆さんいろいろです。私の意見も時とともに多少変わっているかもしれません。

他の方々のご意見、お待ちしています。皆さんはどちらだと思いますか?



Re: 無題 - まつ@管理人 2013/10/06(Sun) 12:52 No.290

アオサギは死んだのではないか、との解釈はアスカさんに限りません。この掲示板を開設してもう8年以上になりますが、その間、アスカさん同様のご質問を数多くいただきました。その都度、私も私なりに考え独自の解釈をいろいろ書いてきたところです。

しかし、それも今回で終わりそうです。先日、この詩の作者、更科源蔵の「北海道・草原の歴史から」(1975年刊)という古書を見つけ、そのタイトルにひかれて139円で購入しました。そして、その最初のページに「蒼鷺」の詩が引用されていたのです。以下はその後につづけて書かれた作者本人による詩の解説です。

『これは戦前に私の書いた、「蒼鷺」という詩である。これを読むと蒼鷺は留鳥のように書いているが、実は渡り鳥である。ただ、釧路湿原の落日の中に、風に吹かれてポツンと一羽だけ、枯木のように立ちつくして飛び立とうともしないその姿に、私の若い血がゆすぶられたのである。それはただ孤独な影を曳いた鳥の姿ということだけではなしに、明治のはじめ、茫漠とした釧路湿原の奥に入って、風雪に逆撫でされながらついに動かず、この土地の土に化した父母や、その仲間たちの姿がそれにダブって見えたからでもある。』

更科源蔵は摩周湖の南、現在の南弟子屈に生まれ育った人です。彼の父とその友人が故郷の新潟を出て、たった二人でこの何もない原野に入植したのは明治24年のこと。その後、新潟から家族を呼び寄せたり、話を伝え聞いた友人が集まったりで、2年後には7戸の部落になったといいます。7戸とはいっても隣の家まで何キロも離れているようなところでした。10年ほどして源蔵が生まれたわけですが、当時、彼らが住んでいたのは「草を積み上げたような小屋」。「家の中まで密林の中のように雪が吹き込んだり、雪が顔にかかって寝られないとか、雪の積もった布団の上を鼠が走って歩く」家だったといいます。彼らの暮らしがどのようであったかは推して知るべきでしょう。けれども、そんな風雪にいためつけられる暮らしをしながらも、「七戸の人びとのうち誰一人として国へ引揚げたものはな」かったと、彼はこの章の最後に書き記しています。

それが百年と少し前の北海道の原野の風景であり「蒼鷺」の書かれた背景です。「動かぬ」アオサギは死を意味しているわけではありません。「動かぬ」アオサギとは、原野に入植し、その土地で生き、その土地の土に化した人びとの生きざまそのものなのです。

もはやこれ以上の説明は蛇足でしょう。


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