アオサギを議論するページ

初雪

一昨日の夜、例の甲高い声に夜空を見上げると、うっすらと3羽の影が頭上を横切っていきました。もしかすると、その前方には少し大きな群れがいて、それを声で追いかけていたのかもしれません。夜とはいえ真っ暗にはならない札幌の空を南へ向かったのは、たぶん、渡りです。

彼らが春から夏にかけて過ごしたコロニーは、誰もいなくなってもう三月近くになります。秋の葉が舞い落ちる林は、それでもほとんどの巣はまだ残っていて、静けさの中にしっかりとその存在感を示しています。
そして、彼らがここで生活した痕跡は足下にも…。

アオサギのコロニーは生と死が混在する空間です。弱いヒナ、不運なヒナは一瞬で巣から転落し、生の世界から死の世界へ速やかに不可逆的に移行します。ヒナはたとえ落ちたときすぐに死ななくても生き延びる可能性はまずありません。巣から落ちたヒナを親鳥が構うことは無いからです。自力で巣に戻れないヒナに最初に注意を払うのは、キツネかアライグマか、あるいはヒグマか、いずれにしてもヒナたちに友好的なものではないでしょう。繁殖期、生が横溢する樹上の空間とは対照的に、林の底に広がるのは限りなく死に近い世界です。

無数の死と引き換えにわずかな数の命が生き延び、命の連鎖は途切れることなく、季節の移ろいとともにまた次のステージへと進んでいきます。

今朝の札幌は雨が雪に変わりました。すでに大部分のサギたちはここを去っているはずです。


満月で一休み

今夜は中秋の名月ですね。写真はその名月とアオサギ、と言いたいところですが、残念ながらこれを撮ったのは初夏。夜明け前に西の空に沈みゆこうとする月と巣立ちを前にしたヒナの取り合わせです。

それから数ヶ月。このヒナが本物の中秋の名月を拝めるとすれば、巣立ってからこれまでの月日をかなり上手く生き抜いてきたということになります。たぶん、仲間のうち2割か3割はすでにこの世にはいないはず。たとえ生き残っていても、胃の中は空っぽで餓死寸前の幼鳥も多いことでしょう。独り立ちしているとはいえ餌捕りの技術がまだまだ劣る幼鳥たちは、満腹の成鳥が休んでいる傍らでいつまでも餌を探し続けなければなりません。

けれども、もしも今、彼らが干潟の表れる浅瀬を餌場にしていたら、これからしばらくは一息つけるかもしれません。なぜなら、満月の日から少し遅れて訪れる大潮は、その干潮時にアオサギの採餌場として絶好の浅瀬を提供してくれるからです。その上、夜でも月明かりで餌を見つけやすいというおまけも付けてくれます。

満月の日に魚がよく釣れるというのは人もアオサギもたぶん同じなのでしょうね。


鷺の漢字

サギは漢字で鷺と書きます。今はスペースキーを押せば勝手に変換されますからパソコン上では誰でも鷺の字を書けますが、何も見ずに書ける人は意外と少ないかもしれませんね。それに画数が多いので、活字だけ見れば鷲などと混同されかねません。それが原因で、たとえばハムレットの一節、「(ハムレットの狂気は北北西の風のときにかぎるのだ。)南になれば、けっこう物のけじめはつく、鷹と鷲との違いくらいはな。」などという大変な誤植が生まれたりします(詳しくは「文学の中のアオサギ」の2002/11/11の記事をご参照下さい)。

ところで、この鷺という漢字、なぜ路に鳥と書くのでしょう? 何かの本に、サギは露のように白いことから鷺という字が当てられたとありました。たしかに、鷺という字が出来た時代は、鷺と言えば通常はシラサギを指していたと考えられますから間違いとは言い切れませんが、それにしてもいかにも取ってつけたようで嘘っぽいです。そこで、「路」そのものの意味を当たってみました。白川静著「常用字解」では「路」を次のよう解説しています。

各はさい(注1)(神への祈りの文である祝詞を入れる器)を供えて祈り、神の降下を求めるのに応えて、天から神が下ることをいう。それに足を加えた路は、神の降る「みち」をいう。[説文]二下に「道なり」とある。異族の人の首を持ち、その呪力(呪いの力)で邪霊を払い清めたところを道といい、道路とは呪力によって祓い清められたみちをいう。

(注1):「さい」という字はアルファベットのUの真ん中にはみ出さないように横棒を引いた形。

まさにこれです。これなら鷺の名前の由来にぴったりです。

古来、鳥というのは神の世界(あるいは冥界)と人の世界を自由に行き来できる存在とみなされてきました。これは地域、文化の隔たりを超えてかなり普遍的に流布されているイメージです。中でもサギは各地の神話や伝説に頻繁に登場しており、神々と人々を繋ぐ鳥として非常に人気があったようです。

たとえば、古代エジプトでアオサギがモチーフとなったベヌウという聖鳥がいます。このベヌウはオシリスの心臓から生まれ出たとされており、オシリスの司る冥界と地上の世界を自由に行き交うことができました。また、ギリシャでは女神アテネが戦場にいるオデュッセウスに伝言するのにサギを遣わしています。神のお使いとしての鳥という点では共通したイメージですね。

もちろん日本も例外ではありません。日本の場合も、大昔、とある神様のお遣いとしてサギが地上に降り立っていた時代があったのです。そのことは「サギ」が「サギ」という音で呼ばれていることが何よりの証拠です。謎をかけたままで申し訳ないのですが、この話は長くなるのでまたいずれ。今回はそれよりやや時代の下った「古事記」の頃の話を紹介します。

「古事記」にはサギの登場する場面が2ヶ所あります。このうち今回の話題に関係のありそうなのは天若日子の葬儀の場面です。天若日子というのはもとは高天原にいた神様で、ある神様を連れ戻すよう天照大神の命を受けて地上に降りてきます。ところが、ミイラ捕りがミイラになって天若日子も戻ってきません。そこで、天照大神は第二弾として雉鳴女を遣わします。これが雉鳴女でなく鷺鳴女とかであればとてもきれいに話がまとまるのですが、そう上手くはいきません。さて、雉鳴女は天若日子の家の庭にある木にとまると高天原の神様たちの伝言を伝えます。ところが、愚かなことに天若日子はこの雉を矢で射貫いてしまうのですね。射られた矢は雉を貫き天上まで達し、そこにいた神様が投げ返した矢は天若日子の胸を貫いてしまいます。こうして天若日子の葬儀が行われることになったのです。この葬儀ではいろいろな鳥がそれぞれ違う役割を担って登場します。ガンは岐佐理持(きさりもち)、カワセミは御食人(みけびと)、スズメは碓女(うすめ)、キジは哭女(なきめ)という具合です。そして、サギはというと掃持という役目です。掃持とは葬儀の際に穢れを祓い、墓所の掃除のために箒を持ち従う者なのだとか。

どうやら、上手い具合に「路」の語源と繋がってくれたようです。


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