アオサギを議論するページ

風変わりな営巣地(その2)

道南地図前回、岩の上に巣をつくっている一風変わったアオサギたちをご紹介しました。こんな営巣環境は少なくとも国内では他に無いだろうと自信をもってお伝えしたわけです。ところがその直後、似たような環境で営巣しているところが他にもあるとのご連絡。しかも、その場所は前回の江差町のコロニーからそれほど遠くない(といっても直線距離で50キロ弱)福島町の海岸ということでした(右図、アオサギのマークが両コロニーの位置)。

シタン島連絡を下さったのは北海道新聞の方で、何年も前に同紙に紹介されていたとのこと。ネットを探すと、そのときのものと思われる写真(2008年撮影)が見つかりました。御覧のとおり江差同様の猛々しい岩礁です。岩礁とはいえ、シタン島という立派な名前もついています。リンク先の写真では陸の一部のように見えますが、Googleの航空写真(左の写真)で見ると陸から7、80mほど離れているようです。それにしても、この島、ずいぶん白っぽく見えますね。おそらく鳥のフンだと思います。アオサギだけでこの量なら大したものですが、たぶん他の海鳥も混じっているのでしょう。気になるのは、江差と同じく岩の上での営巣なのか、あるいは樹木を利用しての営巣なのかという点。そもそもシタン島の名は紫檀の木からとられたと言いますし、道新や他のネット上にある写真を見ても多少の樹木はあるようです。樹上営巣であれば、島での営巣というだけで、営巣形態そのものは通常と変わりません。ともあれ、一度じっくり現地を調査してみたいものです。

なお、この海岸一帯は「道南の知床」と呼ばれているそうで、観光遊覧船も出ており、とりあえずこれに乗ればシタン島のサギたちには会いに行けます。というより、シタン島にアプローチするにはこの遊覧船以外に一般的な方法は無いようです。なにしろ海沿いに道が通っていないのです。秘境ですね。そんなわけで、アオサギにとっては人に煩わされることもなく、その点では理想的な営巣環境と言えそうです。鳴き声がうるさいとかフンが臭いとかあれこれ言われることもありませんし。

位置図それにしても、サギたちはなぜこんなところにわざわざ来たのでしょう。人為的な影響から逃れたかったというだけでは理由として不十分。それではあまりに犠牲が大きすぎます。何よりこんなところでは餌場が問題です。周りに海があるとはいえ、干潟などの特殊な環境でない限り、海はアオサギにとってあまり効率の良い餌場とはなり得ません。かといって、川や水田のあるところまで出ようとすると、知内にしても福島にしても片道10キロほども飛ばなくてはならないのです。そこまでしてこんな辺鄙な環境に身を置くのは何故なのでしょう? こう考えると、やはり島という特殊な立地環境に注目せざるを得ません。島は周りを水で囲まれています。水は人を寄せ付けないだけでなく他の地上性動物の侵入もほぼ完全にシャットアウトできます。つまり、彼らがこの場所に来たのは地上から襲われる心配をなくすためではないかと。水を壁にして外敵を防いでいるわけです。これについては他にさらに極端な事例がありますので、次回、それをご紹介した後で改めて考えてみたいと思います。

風変わりな営巣地(その1)

アオサギの巣といえば、仰ぎ見るような高木にかけられているというのが一般的なイメージだと思います。ところが、そのような場所ばかりとは限らないのですね。先日、道南のほうを回った際、通常のコロニーとはひと味もふた味も違った特殊なコロニーをいくつか見かけました。今回はそんな風変わりなコロニーのうちのひとつをご紹介したいと思います。

江差-2所は日本海に面する江差町。ここのサギたちが営巣に利用しているのは高木どころか樹木ですらありません。地面に直接巣を置いているのです。写真の小島が彼らの営巣場所。見てのとおりがらがらの岩場です。アオサギの営巣環境としてこれほど極端なところは少なくとも国内では他にないでしょう。

江差この島、というより岩礁は、江差町の沖合300mほどのところにあります。海面からの高さはおよそ15、6m。上のほうだけ拡大したのが左の写真で、上部数mのところにいくつもの巣があるのがお分かりいただけるかと思います。この写真の範囲だけで少なくとも約20の巣が見えています。てっぺんから稜線にかけての比較的平らなところだけでなく、手前の断崖にもいくつもの巣が見られます。どのように巣材を組んでいるのか分かりませんが、これらの巣は明らかに岩の側面にひさし状にかけられています。まるで岩にへばりついているかのような巣。ここまでするのかという感じです。これまでもアオサギのすることには度々驚かされましたが、こんなのを見ると彼らに出来ないことは無いのではないかとすら思えてきます。

ところで、この岩の上につくられた巣は何を巣材にしているのでしょう? 見たところ巣自体は一般的なコロニーと同じで巣材には小枝が用いられているようです。もちろん岩礁そのものには1本の木も生えていません。小枝が必要なら海を越えて樹林のあるところまで採りに行かなければならないのです。近場で集めるとしても往復1キロ近く飛ばなければなりません。彼らが運べるのは1度に1本だけですから、往復して1本、10往復してもきっかり10本です。写真のような立派な巣をつくるためには少なくとも2、300回は行き来しなければならないでしょう。巣づくりひとつとってもこんなに大変な労力が要るわけです。その上、吹きっさらしの場所であることは御覧のとおり。物理的な条件のみを考えても少なくとも道内ではもっとも過酷な営巣環境といえると思います。

ssそんな場所をわざわざ選ぶからにはよほどの理由があったのに違いありません。彼らの環境適応力がいかに高くとも好き好んでこんなところには来ないでしょうから。彼らがここに来たのは比較的最近のこと。それ以前は海と丘を越えた1.6キロほど先の樹林で暮らしていました(右図)。目の前に小さな池を抱えるひっそりした谷間、現在の場所から見ればまるで桃源郷のようなところです。そんな場所を彼らはなぜ捨てなければならなかったのか、その理由は分かっていません。物理環境の過酷さに耐えきれなかったというのはまずあり得ないでしょう。すぐ近くに新たなコロニーをつくったことを考えれば餌場に問題があったとも思われません。となれば、やはり食べられる襲われるといった直接的な身の危険があったと考えるのがもっとも合理的。人かそうでなければ何か他の動物が彼らの営巣活動に深刻な障害となっていたのだと思います。具体的なことは推測するしかありませんが、これについては次回、他の風変わりなコロニーを紹介した後であらためて考えてみるつもりです。

なお、この岩礁上のコロニーは陸上から容易に観察できます。陸から300m以上離れているため肉眼での観察は難しいと思いますが、20倍ていどのスコープがあれば上の写真ぐらいには見えるはずです。国道脇にたまたま良い駐車スペースがあり、そこからサギたちのいる岩礁が一望のもとに見渡せます。駐車スペースは厚沢部方面から江差市街に向かって、海沿いの最初の坂を登り切った右側にあります。何も遮るもののない気持ちの良い高台で、まるでアオサギ島の観察用につくられたのではと錯覚するほどです。あちらに用のある方はぜひ立ち寄ってみてください。お勧めです!

【追記】国土地理院の2万5千図で調べてみたところ、この岩には名前があってノコロップ岩と呼ばれているそうです。

特別なアオサギ

《注意》この記事はエイプリルフール用に書いたもので9割方は真っ赤な嘘です。当日、疑いを抱くことなく読んでいただいた方々に心から感謝申し上げます。

4月を迎えここ北海道のアオサギの営巣活動もいよいよ本格化してきました。今は彼らがもっとも美しく見える時期ですね。くちばしや脚、虹彩が鮮やかな婚姻色に染まり、繁殖羽や冠羽もきれいに伸びています。そして、今はとかく変わり者のアオサギに出会うことの多い季節でもあります。

何年前でしたか、当サイトで青灰色の瞳をもつアオサギを紹介したことがあります。あれはスイスで1羽だけ確認された特殊事例でしたが、繁殖初期に特異的に発現する変異現象のひとつということで説明されていました。いわゆる、一般に婚姻色や繁殖羽として現れるこの時期特有の変化が別の様態で現れたものと解釈されているわけです。こうした変異は他にもいくつか観察されていて、側頭から冠羽にかけての黒い羽毛が鮮やかな青紫色に変色した例や、背中の繁殖羽(白い蓑毛部分)がことごとくカールした例などが知られています。また、観察例はごく僅かながら、猫のような声(どちらかというとウミネコに近い)で鳴いたり、瞬間的に背面飛行したりといった奇妙な行動が観察されているのもこの時期です。なお、このような特殊事例の観察報告はロシア鳥学会の”Ложние Птицы”という学会誌がよく取り上げていますので、アオサギに限らず例外的な形態や行動に興味のある方はぜひ一度検索してみてください。本文はロシア語ですがGoogleなどの翻訳を通せばおおよそのことは分かるかと思います。

DSというわけで、この時期には何かと変わったサギがいるので目が離せません。そしてつい先日、私もその仲間入りができるのではないかと思われるサギを目撃しました。それが写真のアオサギです。いかがでしょう? 冠羽がここまで派手なアオサギはなかなかいないと思います。アオサギは警戒したり相手を威嚇したりする時など羽毛を逆立てることがあって、これは冠羽も例外ではありません。写真の場面も隣のペアと小競り合いしていた時にたまたま撮したものです。ただ、アオサギの冠羽というのは本来見せびらかすようなものではなく、2本か3本が控えめに付いているのが普通です。ところが、このアオサギには長く伸びたものだけでもちょうど10本もあります。カンムリヅルあたりに憧れて育ったのかどうか知りませんが、これはちょっとやりすぎという感じはしますね。相手を威嚇するとき多少の虚仮威しにはなるかもしれませんけど。

44777ところでこの写真、ただ珍しいというだけではなさそうなのです。話は古代エジプトに飛びます。右の絵は当時の『死者の書』(死者が楽園に行くための案内書のようなもの。死者とともに棺の中に収められている)に描かれたベヌウの挿絵です。ベヌウについては当サイトでも過去に何度か紹介していますが、エジプト神話にたびたび登場する聖鳥で、ラーやオシリスといった神々の化身のような存在です。このベヌウは絵を見て分かるとおりアオサギがモデルとされています。左が本来のベヌウでアオサギのように冠羽が2本あります。この2本というのは数として決まっていてベヌウが描かれるときは必ず2本です。ついでに言えば、ヒエログリフ(象形文字)に描かれるときも2本です。ところが、右のように多数の冠羽をもつベヌウが描かれる場面がたった一箇所だけあるのですね。これは同書第84章に描かれた挿絵で、この章には死者が「至高の」ベヌウに変身するための呪文が記されています。ちなみに左のほうはそのひとつ前の第83章、普通のベヌウに変身する場合の呪文の挿絵です。要するに、冠羽の多さで貴さのランク付けをしているわけです。

この「至高の」ベヌウについてざっと調べたところ、一般的に受け入れられている説は、余分の冠羽はベヌウと「至高の」ベヌウを単に視覚的に区分するための脚色に過ぎないというものでした。また、メンフィス大学で動物神を専門に研究しているマフムード・ケアルブ・ケルザーブさんのように、モデルはアオサギではなく、紀元前2000年頃に絶滅したArdea gigant(英名:Giant Heron、翼開長は2.3mでアオサギより二回りほど大きい)ではないかと考えている人たちもいます。ただ、この説は冠羽が化石として残っていないため残念ながら憶測の域を出ません。ともかく、いずれの説も実物のアオサギには数本の冠羽しかないという前提がもとになっているわけです。しかし、その前提は見事に崩れ去りました。こうなった以上、エジプト考古学会も考えを改めざるを得ないでしょう。

つまり、「至高の」ベヌウは神話上の存在ですが、そのモデルはリアルな世界に実在するということです。もちろん、そんなアオサギにはよほどのことがない限りお目にかかれるものではないでしょう。それでも、この時期のコロニーであればそのチャンスがまったく無いとは言い切れません。アオサギが隣どうしで威嚇し合っているとき、あるいはワシなどの不意の襲来に警戒したとき、何かの拍子に冠羽を逆立てる場面は必ずあります。そしてその瞬間、そこに華やかに冠羽を広げたアオサギがいる、その可能性は決してゼロではありません。もしそんな特別なアオサギに巡り会えたなら、それはきっと何かとんでもなく素晴らしいことの予兆です。そう、今日が四月最初の特別な日でなければ!

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