アオサギを議論するページ

冬の前に

ここ札幌は周りの山も白くなり、平地でも冬がすぐそこに感じられるようになりました。この時期になると、冬ねぐらにアオサギの群れを見かけるようになります。札幌の近くでは隣の江別市にねぐらがあり、ここで毎年、10羽から20羽ほどが越冬しています。1羽いなくなれば分かるぐらいのささやかなグループですが、それでも雪深い北国では特筆すべき規模なのです。江別以北でこれほどまとまって冬を越す場所はおそらく他に無いでしょう。

そんな冬ねぐらですが、先週末にそろそろかなと思って立ち寄ってみたところ、今年もちゃんと集まっていました。今のところ8羽。色づく河畔の木々に、何をするでもなくゆったり寛ぐアオサギたち。毎年、変わらぬ光景です。

DSCN0022ところが、1羽だけ変なのがいました。この寒いのにひとり水の中に入って水浴びをしています。たしかにその日はこの時期にしては暖かだったのですが…。もっとも、彼らにとって水浴びは、暑いからではなく身体をきれいにするため。言わば風呂に入るようなものですから季節は関係ないのでしょう。

面白いのは水浴び中のアオサギの格好です。水浴び自体はカラスなど他の鳥と同じで、そう変わったものではありません。身体を水にくぐらせて、数秒、バシャバシャやるだけです。ただ、今回はその前後に写真のような格好が見られました。一枚目は御覧の通りのカモスタイル。と言ってもカモのように泳いでいるわけではなく(浮こうと思えば浮けますが)、脚は水底に付いています。この姿勢のまま首を上げてハクチョウスタイルになることもありました。

DSCN0021二枚目のほうはもっと奇抜です。下半身を水に沈めてただ立っています。ただ立っているだけですが、なんともユーモラス。まるで温泉にでも入っているかのようで、見ていると思わず頭に手ぬぐいを載せたくなりました。そういえば、サギと温泉は不思議と縁が深く、温泉の由来にサギ伝説が残っているところが多いのです。もしかしたらこの格好が温泉の連想に一役買っていたのかもしれませんね。

ところで、ネット上でアオサギの水浴びシーンを探すと、これらと同じ格好の写真がいくつも見つかります。おそらく、カモスタイルも温泉スタイルもたまたまというわけではなく、水浴びの一環としてとられた行動、というか姿勢で、バシャバシャやるのと同じく意味のあるものなのでしょう。なお、2枚目の写真は背中側の水面に白いものが漂っていますが、これはアオサギの粉綿羽がパウダー状になったものだと思います。パウダーは水を弾いたり他にもいろいろ無くてはならないものですが、ありすぎるのもそれはそれでまた困るのかもしれません。ほどほどに流してというところでしょうか。

そんな感じで、水浴びすること4、5分。余分なパウダーや身体につく虫、ホコリなどをきれいに洗い流し、アオサギはおもむろに湯から上がっていきました。彼らはそれほど頻繁に水浴びする鳥ではないと思います。私は夏に何度か見たことがあるぐらいで。なので、こんな時期に見かけたのは少々意外でした。10月下旬の北海道。傍から見るといかにも寒そうですが、そこはアオサギらしく平然としたもの。彼らにとってはこれもひとつの冬支度なのかもしれません。

春告鳥

3月も末になり、人も物もダイナミックに変わっていく時ですね。みなさんいかがお過ごしでしょうか? 3月といえばアオサギにとっては渡りの季節。北海道にも南からどんどん渡って来ているようです。こちらではアオサギのことを春告鳥として初飛来を楽しみにしている人がけっこういます。彼らの群れがひと群れふた群れと到着するにつれ、春が着実に歩を進めていくのです。

DSCN0004そんなふうに季節の変化を感じさせてくれるサギたちの渡りですが、今年は少々遅れ気味でした。札幌の隣、江別のコロニーに今年の初飛来があったのは3月16日。遅いなと思って過去の記録を調べてみると、ここ9年ではもっとも遅い時期の初飛来でした。早い年だと3月5、6日に到着していますから、それに比べると10日ばかり遅れたことになります。

右の写真の3羽はずっとこちらで冬を越してきたサギたちです。この時点ではまだ南からの渡りはありませんが、彼らにはそれがもうじきだということはよく分かっていたのでしょう。見ていると、1羽が首を反らしてずっと空を眺めていました。まるで南からやってくる仲間の気配を感じたかのように。それが15日、渡り1日前のことでした。

DSCN0075そんなふうに例年より多少遅れはしましたが、南の連中も忘れることなく律儀に戻ってきてくれました。そして、遅れを取り戻さなければという焦りがあったのでしょうか、渡って来た後は早かったですね。いつもはねぐらに留まったり、コロニーに入ってもまたすぐにねぐらに戻ったりとなかなか落ち着かないのですが、今年はその期間がごく短かったように思います。ともかく、渡りは遅れぎみだったものの、飛来後は比較的穏やかな日が続いていることもあり、例年並みかそれ以上に順調に営巣活動を行っているようです。

DSCN0006昨日の時点で戻ってきたアオサギは全体の3分の1強。コロニー周辺はまだ1メートル以上の積雪ですが、古巣は日ごとにサギたちで埋まりつつあります。この時期に飛来するアオサギは皆、完璧にきれいな成鳥たちです。婚姻色に染まりただでさえ艶やかなのに、雪を背景にするとその美しさがいっそう引き立ちます。

アオサギの渡りは今がおそらくピーク。この先、4月半ばまでまだしばらく渡りは続きます。後半には今年から繁殖をはじめる若いサギたちも混じってくるはずです。寒さが緩んで程よい南風の吹く早朝、空を見上げれば、やや崩れたV字でふわふわと北を目指す一群が見られるかもしれません。

個体識別で分かること

二月も半ばになり、気温はまだまだ低いものの、晴れるたびに日差しの強さを身に沁みて感じるようになりました。こうなると冬ももう長くないですね。北海道あたりだとアオサギたちがコロニーに入りはじめるのはまだひと月近く先になりますが、本州以南ではすでにシーズンインしているところもあるようです。ただ、先日来の大雪でまた一からやり直しというところも多いかもしれませんね。

ところで、営巣は早く始めればそれだけ早く終わるというわけではありません。つがい単位で見ればどの地域でも営巣期間にそれほど違いはありませんが、コロニー全体で見るとその長さは地域によってずいぶん異なります。たとえば北海道の平地だと3月下旬に始まって7月いっぱいでほぼ終わってしまいます。4ヶ月ちょっとです。ところが、東京あたりだと1月に始まって9月に入ってなお残っていることもあるようなのです。そこまで長いとアオサギもご苦労なことですが、アオサギを観察している研究者も大変です。

今回はそんな長丁場の観察が必要な東京のコロニーで90年代半ばからずっとアオサギの観察を続けている白井さんの研究を紹介したいと思います。白井さんは「アオサギネット」を管理されている方なので、当サイトに来られる方ならそちらのほうですでにご存知かもしれませんね。今回ご紹介するのは山科鳥学誌に以下のタイトルで掲載されている論文です。

Shirai, T. (2013) Breeding Colony Fidelity and Long-term Reproductive History of Individually Marked Wild Grey Herons. 山科鳥学誌(J. Yamashina Inst. Ornithol.). 44: 79-91.

論文では、アオサギのコロニーに対するフィデリティ(忠誠度。要はあちこちのコロニーを転々とするのか、あるいはひとつのコロニーに執着するのかということ)と、個々のアオサギの繁殖の歴史(個々のアオサギの営巣活動が年々どのように変化していくかということ)が明らかにされています。この研究が魅力的なのはタイトルに書かれているIndividually Markedという部分。アオサギ1羽1羽が個体識別されているのです。ご想像どおりアオサギはそうやすやすと捕まえられる鳥ではありませんから、個体を区別して研究した報告はそう多くありません。とくに国内ではほぼ皆無といっていいでしょう。

この点、白井さんの場合はコロニーの立地環境が動物園だったことがアオサギの捕獲に好都合だったようです。なんでもタンチョウやコウノトリなどが飼われている池のほとりに6.5×4×2メートルのケージをつくり、そこに入ってきたアオサギを捕まえたのだとか。普通はそんなものをつくっても決して入ってこないでしょうけど、普段からペンギンと一緒に餌を食べているような特殊な環境のサギたちですから、ケージのような人工物にもあまり抵抗がなかったのでしょう。ともあれ、そんなことで成鳥19羽と幼鳥50羽に脚輪が付けられています。成鳥の捕獲数にくらべ幼鳥の捕獲数が圧倒的に多いのは幼鳥の警戒心が薄いせいかと思われます。これは予想どおりですね。なお、コロニーは毎年200つがい前後が営巣しているようなので、これだけ標識しても個体識別されているのはごく一部ということになります。

(追記:成鳥の捕獲数が少なかったのは、同じアオサギが何度もやって来て他のアオサギに入る余地を与えなかったためだと白井さん本人から連絡がありました。そのアオサギにとっては捕まる危険を冒してまで来る価値のある魅力的な餌場だったのでしょうね。)

さて、研究の内容です。まずアオサギは毎年同じコロニーに戻ってくるのかという疑問。これは気になっていた方も多いのではないでしょうか。とくにそれほど離れてないところにいくつもコロニーがあるような環境ではとりたててひとつのコロニーに固執する必要もなさそうに思えます。鳥の場合、別のコロニーに移ろうという意思さえあれば、それを制限する社会的制約も何も無いですからね。荷物も無いですし。さて、実際はどうなのでしょうか?

コロニーへのフィデリティ右の図は論文にあったものをかなり簡略化したもので、脚輪を付けたアオサギがコロニーに戻ってきたかどうか、また営巣したかどうかについて毎年の状況を示したものです。左側が幼鳥、右側が成鳥です。標識した翌年以降の状況を個々のアオサギごとに横一列のブロックで示しています。これを見ると幼鳥と成鳥の違いは明らかですね。幼鳥は50羽のうち12羽しか戻ってきていません。もちろん戻りたくても戻れない事情(途中で死亡など)もあるかと思いますが、幼鳥の場合は敢えて他のコロニーに移動する場合もあるように思います。

それにしても、50羽のうち2年後に繁殖を開始(通常、アオサギの繁殖は2年目から)したのがたった4羽というのは予想外の少なさでした。巣立ちまで生き延びれないヒナも多いですし、巣立ちに成功してもこんな状況です。アオサギにとって繁殖まで漕ぎ着けるというのは相当ハードなサバイバルなんだなとつくづく思います。

一方、成鳥のほうは幼鳥にくらべるとずいぶん安定しているように見えますね。標識した19羽のうち戻って来なかったのは1羽だけです。まあ、前年の子育てが上手くいっていれば次の年に敢えて見ず知らずの環境に飛び出していく理由も無いわけですからこれは理に適った行動といえるでしょう。いずれにしても、繁殖が上手くいっている成鳥はかなり長い期間、同じコロニーに腰を落ち着けると言えそうです。

さて、そんなふうにコロニーに対する忠誠度の高いアオサギですが、つがい相手に対してはどうでしょうか? これはひとつ目の疑問よりさらに気になるところですね。一般に、アオサギは繁殖期が終わればつがいはばらばらになり、翌春までは基本的に単独で暮らすとされています。そして、春になるとどのアオサギも求愛ディスプレイでつがい相手を見つけるわけです。なので、一見、毎年新たにつがいがつくり直されているように思われるのですが…。さて、実際はどうなのでしょう?

つがいのフィデリティ右の図はこれも相当簡略化したものですが、つがいがどのように変わるかあるいは変わらないかを示しています。ここでは4つのペアに登場していただきました。青が雄、赤が雌で、?で表示しているのはペア以外のアオサギです。これを見て分かるとおり、基本的につがいというのは相手がいなくなるまで変わらないようです。たとえば、一番上や二番目のペアはそれぞれ相手がいなくなったので他の相手を選らんだように見えます。これは一番下のペアの3年目の状況も同じですね。

しかし、ことはそう単純ではありません。下ふたつのペアは去年までのつがい相手が同じコロニーにいるにもかかわらず他のアオサギとつがいになっています。かと思うと、その翌年はまたそれまでの相手と一緒になっています。これはどういうことなのでしょう?

これは私の勝手な想像ですが、もし初めからそれまでのつがい相手がいることを知っていればこのようにはならないのではないかと思います。アオサギの場合、コロニーに飛来するのはけっこうな時間差がありますから、早くから来ていた雄がなかなか来ない雌に痺れを切らして(つまり、もう死んだものと思って)別の雌を娶る。遅れてきた雌は、昨年までつがい相手だった雄が他の雌と一緒になっているので仕方なく他の雄を探す。と、この通りではないかもしれませんが、これに類することはけっこうあり得ると思うのです。ともかく、そうしたハプニングはあるものの、何事も無ければつがいの絆はそう簡単に変化するものではないと言えそうですね。

なお、最後のペアのブロックの幅が狭くなっているのには理由があります。このペア、じつは1年に2度ずつ営巣しているのです。こんなことが普通にあるとはびっくりですね。白井さんは別の年に別のつがいでも同様の状況を確認していますから、このペアだけが例外というわけではなさそうです。あちらの繁殖期間は1月から9月ですから時間的には可能なのでしょう。とはいえ、単純に2年でやることを1年でやっているわけで、しかもそれを何年も続けるのですからまあ大したものです。

ところで、この研究では同じつがいが毎年同じ巣を使う傾向があることも示されています。これも皆さん疑問をもたれていた点ではないでしょうか。去年と同じ巣が使われていたら去年と同じペアの可能性がかなり高いということですね。

今回は私がとくに興味を持った部分だけ抜き出してご紹介しましたが、白井さんの論文にはこの他にも貴重な知見が数多く報告されています。それらは学術的に価値があることももちろんですが、それだけではないように私は思います。私にとってこの研究の最大の魅力はアオサギ一羽一羽が個体識別されているという点です。個々のアオサギが区別されているということは個々のアオサギのドラマが見えてくるということです。その結果、アオサギを種としてではなく個として捉えられるようになれば、アオサギと人との関係も自ずからもっと親密なものに変わっていくはずです。白井さんの研究はそういった点でも大きな意味をもつものと私には思えます。ともかく、興味をもたれた方はぜひ原文に当たってみてください。

不思議なつがい

8月の残りの日々もあとわずかですね。皆さんのところのアオサギは今年も恙なく繁殖シーズンを終えたでしょうか? 私が今年よく観察していた江別のコロニーは、1巣だけヒナがまだ残っているようです。葉っぱで隠れて状況はよく分からないものの、声からしてどうも1羽だけのようです。今シーズン、おそらく400羽近くのヒナが巣立っていき、そしてとうとうこれが最後の1羽となりました。たぶんもう数日と経たないうちにこのヒナもコロニーを離れ、新たな世界に旅立っていくことでしょう。

ところで、毎年同じように繰り返されるアオサギの繁殖シーズンも、じっくり見ていると毎年なんかかんか違ったことや特別なことが起きています。江別のコロニーではカラスによる襲撃が例年になく多発し、その上、シーズン終盤にはオオタカまでが捕食者の仲間に加わるという、ヒナにとってはとんでもなく捕食者運の悪いシーズンとなりました。けれども、今年、このコロニーでもっとも衝撃的だったのはそれとは別の出来事です。ひと言では言い表せないので、当時の状況をそのまま綴ってみます。

その出来事とはつがい関係に関わるものでした。右の写真に写っているのが今回問題となったペアで、拡大して見てもらえれば、若干見かけ上の違いがあるのが分かってもらえるかと思います(カラスはたまたま通りがかっただけで無関係)。手前で首を伸ばしているほうはどこから見ても完全な成鳥です。一方、後ろに見えるほうは、首がまだ灰色っぽく、冠羽も伸びきっておらず、背中の白い繁殖羽もほとんど目立たないといった状態で、たぶん前々年生まれの今年初めて繁殖を試みる若い成鳥かと思われます。つまり、この2羽は外見で区別できるわけです。アオサギは2年目から繁殖を始めますから、この2羽のような組み合わせはとくに珍しいわけではありません。目を見張らざるを得なかったのは、彼らの行動、具体的に言えば交尾行動です。これがどうにも尋常でなかったのです。

おそらく、彼らの交尾を一度目撃しただけなら何とも思わなかったと思います。それ自体は何も変わったことのない通常の交尾でしたから。ところが、二度目に見たときは自分の目を疑わずにはいられませんでした。一度目の交尾では確かに首の白いほうが相手の背中に乗って交尾していたのですが、次に見たときはそれが逆になっていたのです。こうなってはどちらが雄だか雌だか分かりません。分からないけれども、お互いの位置が逆転したことは事実であり、どちらが雄でどちらが雌だったかにかかわらず、雌が雄の背に乗って交尾する場合もあるということになります。ただ、考えてみれば、そもそも雄が上でなければならないというような話は聞いたことがありません。じつは知らないだけで入れ替わりは普通にあること、そういうものなのかなと…。いや、たぶん、そういうものではないでしょう。これは素直におかしいと感じるのが正しいように思います。

じつは、私もこんなことを目撃したのは初めてでしたから、見たことに自信がなく、日を改めて再度確認に行ってきました。すると、また同じように上下入れ替わって交尾しているのですね。さらに別の日に観察しても同じことでした。もはや疑いようがありません。ただ、この状況をどのように解釈するかとなると、交尾時の位置が雌雄で逆転するという説明が唯一絶対の解釈とはなりません。では、他にどのような可能性が考えられるでしょうか? 私はこのつがいは2羽とも雄なのではないかと思っています。というのも、彼らはいずれも相手に上に乗られることをあからさまに嫌がっていましたから。それは2羽いずれにも自分が雌だという意識が無かったからではないかと。

この2羽は妙なペアのわりには数週間にわたってつがい関係を維持していました。けれども、こうした奇妙な交尾の後に卵を産んだ気配はなく、6月の半ばにはとうとう巣を放棄し行方知れずになってしまいました。もっとも、もし雄どうしなら卵を産めるはずもないのですが。

結局、このおかしな出来事は事実の確認にとどまり、その行動をもたらした原因については推測の域を出ません。交尾時の位置が雌雄で変わることがあるのかもしれませんし、雄どうし、あるいは雌どうしのペアが間違って成立することがあるのかもしれません。結局、真相は謎に包まれたままになりました。

この辺の事情についてはサギ類に限らず他に同じような事例が見つかれば、ここでもまた紹介したいと思います。もし、どなたか類似の行動を目撃された方がいらっしゃれば御一報いただけると幸いです。

アオサギ、まだまだミステリアスな存在です。

ページの先頭に戻る