アオサギを議論するページ

10月の詩人

秋は英語でfall。季節が冬に向けて落ちて行ってる感じですね。コムケ湖のフラミンゴも自由への逃亡劇をいよいよ第二幕目に移したみたいですし、アオサギの渡りもいよいよ終盤。そして、10月も今日でおしまいです。

その10月のうちにどうしても書いておきたいなと思ったのがウェールズの詩人、ディラン・トマスのこと。彼の詩にはアオサギがよく出てきます。アオサギが登場する詩は4編あり、そして、このうち2編が10月の季節を書いた詩なのです。アオサギが10月に縁が深いというわけではありません。ディラン・トマスは自分の誕生日に何か特別なものを見いだしていた人で、20歳、24歳、30歳、35歳と4度も誕生日にちなんだ詩をつくっています。そして、その彼の誕生日が10月なのです。

これら4編の詩でアオサギが登場するのは30歳と35歳のときの詩。それぞれ「十月の詩」、「彼の誕生日の詩」とタイトルが付けられています。これらの作品に登場するアオサギはただの自然の点景ではなく、常に意味のある記号として現れます。それはときに彼の分身であり、ときに死の隠喩でもあります。さらには、そのアオサギを通してトマスの古代ケルトへの憧憬が仄見えたりもします。

アオサギと古代ケルトのイメージを結びつけたのは近代ではおそらくイェイツが最初だと思います。アイルランドのイェイツに対して、ウェールズのトマス、いずれも同じケルト文化圏に生きた詩人です。そう考えると、トマスがイェイツと同じアオサギのイメージを自らの詩に取り入れたのはごく自然なことだったのかもしれません。おそらく、ケルト文化におけるアオサギの存在感というのは想像以上に大きいものなのでしょう。

そんなトマスにとってアオサギがいかに特別な鳥だったかが分かるエピソードがあります。35歳のとき、「彼の誕生日の詩」を書き始める直前、彼は3人目の子供を授かっています。彼はこの息子をコルム・ギャラン・トマスと名付けました。このギャランという語はウェールズ語でアオサギのことなのです。

トマスの誕生日をうたった詩は35歳のときの「彼の誕生日の詩」が最後です。もし40歳のときに作っていたらどんな詩になったのか、その詩でもアオサギはまだ彼の特別な鳥であり続けたのか、それは誰にも分かりません。彼は40の秋を迎えることなくこの世を去ってしまいました。この10月、もし彼が生きていたら98回目の誕生月でした。


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