アオサギを議論するページ

虻が島問題 — 植物の保護か、アオサギの命か?

富山県氷見市の沖合にある虻が島という小さな島でとても気がかりなことが起きています。簡単に言うと、島の植物をアオサギのフンから守るために、市が猛禽を放ってアオサギを追い払っているのです。そこで使われる猛禽は鷹匠により訓練されていますからアオサギが直接襲われる心配はありません。しかし、そんな状況でアオサギが落ち着いて子育てできるはずもなく、結果的に親鳥は巣を放棄し島を去ることになります。まあここまでは百歩譲って許容できます。しかし、問題はこれがアオサギの子育ての期間中も続けられていること。こうなると、巣に残された卵やヒナの運命は言わずもがなです。市が直接手を加えたものでないとはいえ、結果的にアオサギの命が奪われているわけです。

虻が島は氷見市の沖合800mほどに位置する無人島で、写真で分かるとおり、樹林が少しあるだけの小さな島です。ただ、小さいとはいえ富山湾内では目立つ孤島であり、地元の人たちには昔から親しまれてきたようです。また、この島には北方系の植物と南方系の植物が同所的に混生するという学術的な価値があり、このことから島そのものが天然記念物に指定されています。

一方、アオサギはというと、約20年前から島で増えはじめたということで、少なくとも2004年には新聞でもフン害が報じられるようになっています。添付したGoogleの写真では、緑の樹林の中にアオサギの巣が灰色の点として写っています。昨年はこの島で約200羽のアオサギが確認されたそうです。単純に計算して100巣。小さな島ですからこれだけのアオサギがいれば島じゅうアオサギだらけという感じになっていたのでしょう。

こうなると島の植生も多かれ少なかれアオサギの影響を受けることになります。それを氷見市というか地元の方々が問題視したわけですね。もっとも、市もこれをどうにかしたいという思いは以前からあって、ここ十数年、営巣期の前に巣を落としたり蛍光色の糸を木に巻き付けたりとさまざまな対策を施しています。ただ、それらの方法は一時的な効果しかなく、結局は失敗に終わっていました。そこで新たな方法として昨年から採用されたのが今回の猛禽による追い払いというわけです。

追い払いが最初に行われたのは昨年の4月で、基本的に1週間に1度のペースで行っているようです。回数や実施間隔の詳細については分かりませんが、昨年の作業は少なくとも6月までは続けられています。時期的に言えば、親鳥が産卵し、ヒナが生まれた後も追い払いを続けているわけです。卵がダメになり、ヒナが餓死ないし捕食者に襲われた可能性は非常に高いと考えざるを得ません。実際、氷見市のほうでも、捕食者に食べられたと見られるヒナを確認したということです。今年は昨年の追い払いですでに相当数がコロニーを放棄している上、3月から追い払いを行っていることもあり、3月25日時点での営巣数は7巣に留まっているようです。追い払いを続けることで、これら7つがいが産卵前に巣を放棄してしまえば、少なくとも今シーズンに関しては問題はありません。しかし、氷見市のほうとしては、この先、アオサギが産卵しヒナが孵った場合も、昨年同様に追い払いを続けるつもりのようです。

繰り返しになりますが、私は今回の猛禽による追い払いそのものにはとくに反対ではありません。同じ世界に人とアオサギが生きているわけですから、アオサギのために人が一歩引かなければならないときもあれば、逆にアオサギに少し遠慮してもらわなければならないときもあるわけで、それは仕方がないと思います。しかし、今回の件は追い払いに留まらず、結果として不当にアオサギの命を奪っているという点でまったく受け入れられるものではありません。アオサギを島から一掃するのが目的なら、アオサギが卵を産む前に短い間隔で繰り返し追い払えば済むことです。もしその年に全てのアオサギを追い払えなくても翌年、さらに翌年と繰り返せば、いずれは目的を達成できるでしょう。子育てが始まったらそこで作業は打ち切るべきなのです。子育てを行っているにもかかわらず追い払いを行い、ヒナを死に至らしめるような行為は、単に作業効率を優先させるためとしか思われず、動物の命を甚だしく軽視した行為とみなさざるを得ません。

氷見市の行っている追い払いは実質的には駆除です。市のほうも結果的に卵やヒナを犠牲にするかもしれないことは当初から想定しており、県のほうに予め捕獲申請を上げ許可されています。これで法律上は問題なさそうに見えますが、それで納得できるくらいなら、わざわざここにこんなことは書きません。では何が問題なのでしょうか?

まず法律の解釈に疑問があります。アオサギは狩猟鳥獣ではありませんから、鳥獣保護法により成鳥やヒナの捕獲はもとより卵を採取することも禁じられています。ただし、この条項にはいくつかの例外規定があって、そのうちのひとつに「生態系に係る被害の防止」というのがあります。つまり、氷見市は虻が島での駆除にこの例外規定を適用しているわけです。たしかに、動物によっては、本来の捕食者がいなくなったり、外国から連れてこられたりして生態系に大きな悪影響を与えている種もあります。そういった種に対してはこの例外規定が該当するケースもあるでしょう。しかし、虻が島のアオサギに果たしてこれが当てはまるでしょうか? 私には到底そうは思えません。「生態系に係る被害の防止」というのは非常に曖昧な表現で、それを用いる側の意向でどのようにでも解釈を広げられます。そこに怖さがあるのです。

結局のところ、この問題は、植物の学術的な価値とアオサギの命とどちらを優先するかという問題に行き着きます。これに対する考えは人それぞれと言えばその通りです。しかし、たとえば、アオサギを島から追い払ってほしいと市にかけあった地元の人たちはどう思うでしょう? おそらく、その人たちも大部分は、今回の追い払いも方法が違うだけでこれまでと同じく単なる追い払い、つまりアオサギ自体を傷つけるものではないと思っているはずです。しかし、もし、実際はそうではなく、植物を保護する代わりにアオサギのヒナが死んでいるのだと知ったら、それでも仕方のないことだと納得するでしょうか?

市のほうも卵やヒナの殺傷を目的にやっているのではありませんから、聞かれもしないのに敢えてそのことに言及することはないはずです。新聞報道も猛禽を使った追い払いに効果があるということを賞賛するばかりで、負の側面を調べてみるような奇特なところはありません。そして、ヒナが死んでもそんなことは誰も気にすることなく問題にもならないのです。これは鳥獣の保護にとって看過できない問題です。

虻が島での追い払いはアオサギを島から追い出すのが目的です。それは構いません。しかし、卵を産んでヒナがいる段階での追い払いは、法律の例外規定の適用に相当な疑義がある上、動物倫理の上からも大いに問題があります。今回の問題は鳥獣行政がどのような理念に基づいて行われるべきかを考える上で核心的な問いを投げかけています。にもかかわらず、表向き、それは問題ではないかのように見過ごされているのです。もちろん、行政にはひととおりの要望は出しました。しかし、鳥獣の命をどう考えるかというのは行政に任せるべき問題ではなく、私たちひとりひとりが答えを出していかなければならない問題だと思います。もとより正解のある問題ではないので意見はさまざまでしょうけど、ここで必要なのは意見の一致ではありません。議論を活性化し、私たち個々の意識、社会の意識の中に動物の命の問題を常在化させること、これが何より大事です。この問題にあまりにも無関心な日本社会にあって、まず最初に目指すべきはそこだと思うのです。

なお、前段で触れたとおり、氷見市と富山県には、私が主宰する北海道アオサギ研究会のほうから、卵、ヒナを殺傷することのないようにとの要望書を送付しています。本記事とは多少異なる視点からも書いていますので、興味のある方は是非ご覧ください。県への要望のほうは市の捕獲申請を許可しないようにとの主旨ですが、内容は基本的に市に宛てたものと同じです。

    [氷見市への要望書 (pdf) ]    [富山県への要望書 (pdf) ]

虻が島のアオサギ問題はこれまで幾度となく新聞に取り上げられています。以下は当サイトの『アオサギ関連記事一覧』からそうした記事を抜き出したものです。時系列順に並べていますので、今回の件について考え、判断されるときの参考にしてしていただければと思います。じつは虻が島のことを私が書いたのは今回が初めてではなく、4年前にも『虻が島の問題』として記事にしています。ここに挙げた新聞記事について私の思うところを書いていますので、こちらも参考にしていただければ幸いです。

    アオサギのフン害防げ 虻が島で営巣材撤去 氷見市教委と住民連携 (中日新聞 2004年4月19日)
    島にも人間生活の弊害? (中日新聞 2004年4月25日)
    海浜植物をサギの被害から守れ 富山県氷見市の虻が島 蛍光の糸で包囲が奏功 (富山新聞 2007年12月18日)
    虻が島のアオサギの巣撤去へ 氷見市教委、「ふん害」対策 (富山新聞 2010年9月1日)
    虻が島のふん害深刻 氷見・巣除去いたちごっこ (北日本新聞 2014年03月10日)
    虻が島のSOS (北日本新聞 2014年7月25日)
    虻が島を清掃、自然観察 灘浦小・中 (北日本新聞 2014年7月29日)
    虻が島の環境保護 氷見署員取り組み (中日新聞 2017年5月31日)
    アオサギ対策 タカ活躍 虻が島 貴重な植生守れ (中日新聞 2017年6月17日)
    アオサギ撃退 タカで虻が島のフン害防ぐ 氷見/富山 (毎日新聞 2017年6月19日)
    アオサギ対策にタカ 氷見・虻が島で市教委(北國新聞 2017年6月19日)
    フン害アオサギ、タカで撃退 9割超の減少に成功(朝日新聞 2017年6月27日)

コウノトリ誤射と駆除への問題意識

先日、島根県でコウノトリがサギと間違えられ撃たれるという事件がありました。事件の内容は以下引用のとおりです。これはこれで大問題なのですが、私はむしろこの事件への人々の意外な反応に驚かされました。サギが駆除されていることについて関心をもたれる方が予想外に多かったのです。

島根県島根県雲南市教育委員会は19日、同市大東町の電柱で営巣し、4月にヒナの誕生が確認されていた国の特別天然記念物コウノトリのペアのうち、雌が死んだと発表した。猟友会の会員が、駆除の期間中だったサギと誤認し、射殺したという。(2017年5月19日付け朝日新聞より一部抜粋)

この事件が大きく報道されたのは、コウノトリが特別天然記念物で国内に僅かしか生息していないという希少性に対する関心と、それを誤射したという特異な状況が相まってのことだったと思います。いかにもメディア受けしそうな話題ですね。私はテレビのことはよく知りませんが、少なくとも新聞は各社こぞって報道し、全国的なニュースになりました。各新聞社の報道内容は上に載せた朝日の記事とどれもそんなに変わりません。ただ、サギの名前は出さず、単に「害鳥と誤認」したと書いている新聞もありました。このような文脈で改めてこの語を見るとつくづく酷い言葉だなと思います。しかもサギという語もなくただ害鳥…。まるでサギの存在自体、無視されているかのようです。ついでに言えば、コウノトリのことを天然記念物と呼ぶのもどうにかならないものかと思いました。鳥を「物」としか見ない見方、こんなのはもう何十年も前に廃れてて良いはずです。たかが言葉の問題だとは思いません。人の認識は言葉をもとにして作られるものなのですから。

話が大きく逸れてしまいました。今回の事件で私が注目したいのは、コウノトリの誤射という本筋でなく、サギの駆除という隠れた問題に目を向ける人が多かったことについてです。実際、ツイッターでは何故サギが駆除されているのか、何故サギが駆除されなければならないのかという疑問をツイートする人が大勢いましたし、当サイトやアオサギ駆除についての報告書へのアクセスもこの一件で劇的に増えました。このように、今回の件がサギ類の駆除に疑問をもつきっかけをつくったのは間違いないようです。

ちなみに、今回の報道はどの新聞でもサギと書かれているだけで、何サギなのか種名を特定している新聞は私の知る限りありませんでした。なので、私は当然のごとくアオサギのことだと思っていたのです。私に限らずニュースを見聞きした多くの人はそう思ったのではないでしょうか。けれども、ネット上の情報を拾い集めると、間違えられたのはアオサギではなくどうもシラサギのようですね。まあ、アオサギにしてもシラサギにしてもコウノトリとの違いは一目瞭然なのですが。

今更あらためて書くまでもなく、サギの駆除は全国的に相当な規模で行われています。たとえばアオサギでは全国の生息数の10分の1かそこらが毎年駆除されています。他のサギ類もアオサギ同様、駆除はやはり野放し状況。それなのに大抵の人たちはサギ類が駆除されていることなどまず知りません。シカやクマなど、被害が広範囲で被害を被る人も多くニュースなどでもよく取り上げられる鳥獣についてはよく知られていますが、サギ類の被害は局所的で被害を被る人も限られるので問題がなかなか社会に知れ渡らないのです。それを良いことにいい加減な駆除がまかり通っているのが現状です。

そして、こんなことではダメだ、なんとか社会に問題を認知してもらわなければ、と思って作ったのが上述の報告書というわけです。しかし、作ってはみたものの、予想どおり行政にはのれんに腕押しでしたし、世間の反応もほぼ皆無といった状態でした。鳥獣の駆除のことをわざわざ気に留めるような奇特な人はそうそういないのだろうと、正直なところかなり落胆していたのです。そういう経緯がありましたから、今回の一件でサギ類の駆除についての関心が高まったことは私にとって意外であり嬉しい驚きでした。

今回の件はサギ類の駆除を扱ったニュースではありません。にもかかわらず、サギ類の駆除について問題意識をもつ人が多かったという点に私は何かとても力強いものを感じています。今回だけを見れば、この問題意識を共有できたのは日本人全体のごく少数の人たちに過ぎないかもしれません。けれども、潜在的に共有できるかもしれない人たちは十分に多いと思うのです。

ともかくきっかけは何でも良いのです。駆除を担当している行政に直接物申したところで効き目はほとんどありません。行政のやっていることを変えるもっとも効果的な方法は世間の問題意識を高めることです。今回の出来事がそのきっかけのひとつになる可能性は十分あります。そうなれば、犠牲になったコウノトリも少しは浮かばれると思うのです。

怪獣か隣人か

アオサギの子育てシーズンも3分の1が過ぎたということろでしょうか。ここ北海道でもコロニーからヒナのか細い声がかすかに聞こえるようになりました。この時期になると何かとアオサギ関連の記事が新聞紙面を賑わせます。記事の内容は主に風物詩的なものと被害関係のもののふたつ。春先の記事は、今年もアオサギがやってきたという他愛のない風物詩的なもので、営巣が本格的に始まってからの記事はだいたい被害の話と相場が決まっています。被害関連の記事は今シーズンも気付いただけでこれまで2件ありました。そのうちのひとつがちょっと変わっていたので紹介したいと思います。

まずは変わらないほうのごくありきたりな記事から。これはつい先日の徳島新聞に載ったものです(リンク)。アオサギのフンで公園の木が枯れる、声がうるさい、といった定番の内容で、被害に対する住民の反応も予定調和のようにオーソドックスなものです。それはまあそういうものなのでしょうけど、この手の記事には私はどうしても引っかかります。この記事を読めば、よほどアオサギや生き物に思い入れのある人でない限り、駆除もやむなしという考えに傾いてしまうのではないかと思うのです。このような記事が地域内で何度も書かれたり、全国のあちこちで取り上げられたりするうちに、アオサギに対するネガティブな感覚がやがて社会のコンセンサスになる、私はそのことをとても恐れます。今回はたまたま徳島新聞でしたが、アオサギの被害記事に関する限りどこの新聞も大同小異です。

さて、紹介したいもうひとつの記事ですが、こちらは1週間ほど前の中日新聞に載っていたものです(リンク)。こちらも被害の内訳はフンが汚い声がうるさいのお馴染みの2点セット。徳島のケースと変わりません。ですが、この記事は必ずしもアオサギに敵対的ではない住民の意見を載せているところに価値があります。

自然のもんだから仕方ない。昔みたいに子どもらが山で遊ばんからあの人(アオサギ)らも安心してるだろう

被害はたしかに現実のものとしてあります。けれども、その被害をどのていどのものと感じるかはその人次第。そして、その感じ方は普段アオサギをどのような存在と認識しているかによって変わります。「自然のもんだから仕方ない」と言った81歳のおじいさんにとって、アオサギは「あの人」なのです。これは言葉の綾だけではないでしょう。近くに住むアオサギを何だか訳の分からない迷惑なだけのエイリアンと捉えるか、同じ土地で暮らす隣人と捉えるかで、アオサギの行為に対する心の持ちようはまったく変わってきます。

アオサギの被害記事を書くすべての記者にこのことを知ってほしいと切に願っています。

アオサギの駆除に対する国の姿勢

今回は少し堅苦しい話になります。内容はタイトルに示したとおりでアオサギの駆除に関してのものです。あまり世間で話題になる話ではありませんが、アオサギは有害鳥獣とみなされる場合があり、全国各地で何千羽ものアオサギが毎年駆除されています。そして、この駆除件数はここ十数年のうちに激増しています。問題はその駆除が不当な理由で行われることが多々あることです。このことについては私も関わっている北海道アオサギ研究会が「アオサギの有害駆除に係る問題点に関する報告」として詳しくまとめていますので興味のある方はぜひご覧下さい。

今回は、この問題多き有害駆除に対し国がどのような考え方をもっているのかを話題にしてみたいと思います。北海道アオサギ研究会では上記報告書にもとづき、一年以上前に国に対して3つことを要望しました。その後、長い間、何の返事もなかったのですが、再度、回答するよう催促してみたところ、先月中旬になってようやく簡単な回答が届きました。以下、それぞれの要望と回答を見ていきたいと思います。なお、3つの要望のうち捕獲実績を管理するシステムの整備については、国も問題改善の意思をもっているようなのでここでは割愛します。

まず、それ以外のひとつ目の要望、アオサギを「特に慎重に取り扱う」べき種へ変更すべきとの要望です。「特に慎重に取り扱う」べき種というのは、国の定めた「鳥獣の保護を図るための事業を実施するための基本的な指針」で以下のように規定されています。

狩猟鳥獣、ダイサギ、コサギ、アオサギ、トビ、ウソ、オナガ、ニホンザル、特定外来生物である外来鳥獣、その他の外来鳥獣等(タイワンシロガシラ、カワラバト(ドバト)、ノヤギ等)以外の鳥獣については、被害等が生じることはまれであり、従来の許可実績もごく僅少であることにかんがみ、これらの鳥獣についての有害鳥獣捕獲を目的とした捕獲許可に当たっては、被害の実態を十分に調査するとともに、捕獲以外の方法による被害防止方法を検討した上で許可する等、特に慎重に取り扱うものとする。

つまり、現状ではアオサギは「特に慎重に取り扱う」べき種から外されているわけです。以下、研究会からの要望と国の回答です。

要望 平成19年1月に告示された鳥獣保護法の指針以降、駆除を目的とした捕獲を許可する際の「特に慎重に取り扱う」べき対象種からアオサギが除外されている。この措置は計画性のない安易な駆除を助長し、結果としてアオサギの被害を拡大している可能性がある。アオサギは明確な個体群構造を示す種であることから、駆除による影響が個体群レベルで顕在化しやすく、個体群構造の不安定化がさらなる被害をもたらす場合が多い。このため、アオサギの鳥獣管理は個体群構造を理解した上で周到な計画に基づいて行うことが不可欠である(詳細は報告書5.参照)。以上の理由により、アオサギを「特に慎重に取り扱う」べき種へ変更することを求める。
回答 鳥獣の保護・管理においては、地域の実情や種の特性などに応じて、被害の防除・個体数の管理・生息環境の整備を行う必要があります。このことを踏まえ、本基本指針においては、有害鳥獣捕獲のための捕獲許可は原則として防除対策をしても被害等が防止できないと認められるときに行うこととしています。ご指摘の「特に慎重に取り扱う」としている種は、被害等が生じることがまれである、ないしは、従来の許可実績がごく僅少である種を指しているに過ぎず、それ以外の種を無秩序に駆除することを容認する趣旨ではありません。

正直なところ、国からのまともな回答など端から期待してないのですが、案の定、今回の件についても期待に違わず見事に的外れな回答でした。無秩序な駆除が容認される種があるなどといったい誰が考えるのでしょうか? こういう答え方をされると、質問をわざとはぐらかそうとしているのか、それともまともに答える能力が無いのか、どちらなのか理解に苦しみます。

話を戻しますが、そもそもこの分類には、被害の生じる頻度と従来の許可実績数というたった2つの基準しかなく、そのことがさまざまな問題を生む原因となっています。駆除によってその種にどのような保全上の悪影響が想定されるかといったことはまるで考慮されていません。アオサギなど集団繁殖を行う種は、その特殊な個体群構造を考慮した上で独自の管理計画をつくるべきですが、当然、そういったこともことごとく無視されています。何が悪いと言って、こうした安易な二分法そのものが問題なのです。アオサギを「特に慎重に取り扱う」べき種に入れるか外すかといったことはむしろ二次的な問題でしかありません。本来であれば、分類法を再検討するか分類の必要性そのものを問い直すべきなのです。

続いて、もうひとつの要望。こちらは繁殖期間中の駆除を禁止せよというものです。

要望 アオサギの繁殖期間中の駆除(コロニーでの駆除を含む)は、法律、倫理の面で問題であるばかりでなく、科学的な鳥獣管理を事実上不可能にするものである(詳細は報告書4.(9)および(10)参照)。このため、同期間中に生じる被害については、危急に対応が必要な甚大な人的被害がある場合を除き、防除、追い払い等、捕殺以外の方法で対処し、殺傷を伴う行為は全面的に禁止すべきである。このことを法ないし指針に明示することを求める。
回答 アオサギの繁殖期間中の捕獲を含め、個別の種への対応については、種の特性、生息状況、被害状況及び地域の実情等に応じて、適切に実施されるべきものと考えます。

これまた期待どおりに愚にもつかない回答が送られてきました。適切に実施されていないから要望しているのに、適切に実施されるべきものと考えますなどと、どうしてこんな人ごとのようなことが言えるのでしょう? もっとも、アオサギの駆除は都道府県や市町村がその許認可業務を行っており、国が直接関与しているわけではありません。しかし、ここでの要望は、繁殖期の駆除の禁止を法や指針に盛り込めというもので、これは国が動かなければどうにもならない話なのです。

繁殖期の駆除禁止については、この問題に関心がある人でも、現実的ではないと考える人は少なくないと思います。しかし、都道府県レベルでは、同期間中の駆除禁止を「鳥獣保護事業計画」に明記しているところがいくつもあります。やればできるのです。国もはっきりダメと言えば良いところを、どっちつかずで放置しているために、問題のある駆除が各地で横行するのを許しています。その点、国は責任を免れません。

繁殖期の駆除については、既存の法律に抵触することや科学的な鳥獣管理の妨げになるといった実際的な問題はもちろんですが、それ以外に動物倫理という非常にデリケートな問題が含まれています。具体的には、たとえば子育ての期間中に親鳥を駆除すると、そのヒナも死んでしまうといった例が挙げられます。仮に百歩譲って親鳥の駆除が正当化できるとしても、ヒナには何の罪もありません。にもかかわらず、ヒナは保護者のいなくなった巣で、餓えるか捕食者に食べられるか、いずれにしても避けられない死をただ待つしかないのです。これは特殊な例ではありません。繁殖期に駆除を行えば、ヒナのいる巣では必ず同様のことが起こります。

こんなことはほんの少し考えれば誰でも分かることです。しかし、こうした事例については嫌悪感がもたれることはあっても、絶対的な善悪の判断基準を示すのが難しいため、ではどうすれば良いのかという話になるとうやむやにされがちです。国もそんなわけの分からないことに率先して関わりたくないのだと思います。となれば、動かしていくのは結局、世論ということになります。自らの心情に照らして、これは受け入れられない、とんでもないことだと、考え、声に出す人が多くなれば、やがてそれが民意になります。だからこそ私もここであれこれ書いているわけです。

国の回答についてはここに書いたとおりまったく納得できるものではありませんが、アオサギのような普通種を対象とした鳥獣管理について国がどのていどの意識をもっているか、あるいはもっていないかを少しでも分かっていただけたら幸いです。環境省はお金の無い小さな組織で、シカなど大きな被害を出す鳥獣や稀少鳥獣への対応で精一杯なのは分かります。アオサギの問題など関わっている暇はないというのはおそらく事実でしょう。しかし、やるべきことができていないのもまた厳然たる事実なのです。そのために不当に理不尽に多くのアオサギが殺されています。環境省の苦しい事情を汲み取ってなどと悠長なことはとても言ってられません。ということで、研究会のほうでも補足意見を環境省宛にすでに送付したところです。その内容についてはこちらに全文を載せていますので、ここに書いたことの繰り返しになりますが、興味のある方はぜひご覧下さい。

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